「運も実力のうち」17年ぶりWBC8強の韓国 “屈辱の歴史”も“最悪の事態”も超えて描いた奇跡のドラマ

このエントリーをはてなブックマークに追加

野球と人生の共通点の一つは、予測不能な変数が非常に多いということだ。いかに準備を重ねたとしても、突発的な事態まですべて見通すことはできない。2026年WBCも例外ではなかった。

【写真】韓国美女チアリーダー、目を疑う“非現実的”ボディ

韓国代表のリュ・ジヒョン監督はプランAからDまでを練り上げ、幾度となくシミュレーションを繰り返したが、イレギュラーバウンドのような打球が次々と跳ね上がった。結局のところ、最後は「人」が、すなわち「選手」がやり遂げるしかなかった。

キャプテンを務めたイ・ジョンフは1次ラウンドの間、常に「運」について語っていた。幸運を願い、四つ葉のクローバーをモチーフとした“ヴァンクリ”こと「ヴァンクリーフ&アーペル」のネックレス(それが1000万ウォンを超える高価なブランド品だったとしても)を試合中ずっと身につけていた。

イ・ジョンフ
イ・ジョンフ(写真提供=OSEN)

実際、初戦でプールC最弱とされるチェコと当たったことも、一つの幸運だったのかもしれない。

韓国にはWBCの初戦にまつわるジンクスがあった。実戦感覚の欠如ゆえか、1次ラウンドで敗退した過去3大会では、いずれも初戦をものにできなかったのだ。2013年はオランダに敗れ、2017年にはイスラエルに屈した。

2023年は初戦のオーストラリア戦で敗れたことで、事実上、準々決勝進出が絶望的となった。日本戦ではコールド負け寸前(4-13)にまで追い込まれた。経験不足の若手投手がストライクゾーンにボールを集められず、「3打者対戦義務規定」に縛られて連続四球を出しても、投手を代えることができなかった。

当時の韓国代表エースは、35歳のキム・グァンヒョンとヤン・ヒョンジョンだった。

韓国代表
2023年WBCの韓国代表(写真提供=OSEN)

大会前から負傷者続出の「悪夢」

リュ・ジヒョン監督は昨年2月、WBCに出場する韓国代表の指揮を任されると、2021年東京五輪で監督を務めたキム・ギョンムン(現ハンファ・イーグルス監督)や、2023年WBCで監督を務めたイ・ガンチョル(現KTウィズ監督)に助言を求めた。そうして、着実に代表チームの構成を練っていった。

リュ・ジヒョン監督
リュ・ジヒョン監督(写真提供=OSEN)

選手層の薄さや強力な左腕不足といった投手陣の課題はさておき、まずは慢性的な「右打者不足」から着手した。韓国プロ野球KBOでは「右投げ左打ち」の選手が増えたことで、代表のスタメンの3分の2が左打者で占めるケースが多くなっていた。そのため、国際大会のたびに相手は強力な左腕先発をぶつけ、韓国打線を封じ込めてきた。

そこで、指揮官は国外に目を向けた。米メジャーリーグでプレーする韓国系アメリカ人選手たちと接触したのだ。数回の交渉の末、ジャマイ・ジョーンズとシェイ・ウィットコムが前向きな反応を示した。彼らの母親は韓国人だ。

また、ハムストリングの負傷で早期に2025年シーズンを終えたキム・ドヨンのコンディションも粘り強くチェックした。折よくアン・ヒョンミンが才能を開花させたのも幸いだった。こうして右打者の問題は解決した。

キム・ドヨン
キム・ドヨン(写真提供=OSEN)

投手陣に関しては、危機的状況でも安定した制球力を発揮できる投手が必要だった。42歳ベテランのノ・ギョンウンが13年ぶりにWBC代表に抜擢された背景にはそれがある。

キム・ソヒョンやペ・チャンスンといった最速155kmを超える速球派もいたが、彼らは選外となった。3打者対戦義務規定の下では、制球の不安な投手は“時限爆弾”になりかねないからだ。良くも悪くも、2023年の屈辱が反面教師となった。

だが、「左腕不足」は依然として解消できなかった。ソン・スンギ、ソン・ジュヨン、キム・ヨンギュらはいたが、国際大会の経験が不足していた。リュ・ヒョンジンが2010年広州アジア大会以来、16年ぶりに代表復帰を果たしたのはそのためだ。

着々と準備を進めてきたが、大会が近づくにつれて悪材料が相次いだ。負傷者が続出したのだ。キム・ハソンやソン・ソンムン、チェ・ジェフンが怪我で辞退した。実質的な先発の二枚看板であるウォン・テインとムン・ドンジュも負傷離脱。抑えの重責を任せる予定だったライリー・オブライエンまでもが、ふくらはぎの痛みで合流を断念した。

韓国の投手運用は、収拾がつかないほど困難な状況に陥った。さらに、昨年11月の日本・チェコとの強化試合で好投したチョン・ウジュも、滑りやすいMLB公式球の影響か、球速が5km以上低下した。3打者対戦義務、投球数制限、3日連続登板の禁止、30球以上投げた場合の翌日休養といったWBC規定の下、起用可能な人数はさらに絞り込まれた。

「若い選手は代表の重みをよく知っている」

それでも、チームの雰囲気は良かった。リュ監督が「史上最高」と表現するほどだった。「若い選手たちは太極マークの意味をよく理解している」とも語った。

それもそのはず、代表の主力は20代だ。27歳のイ・ジョンフがキャプテンを務めた理由もそこにある。1次ラウンド4試合で11打点を叩き出したムン・ボギョンは25歳だ。代表の1番と4番に定着したキム・ドヨンとアン・ヒョンミンは2003年生まれ。正遊撃手に落ち着いたキム・ジュウォンは2002年生まれである。

記者は日本へ飛び、WBCを現場取材した。短期決戦は投手力が鍵となるが、投手運用が“火の車”だった韓国は日本戦や台湾戦で苦戦を強いられた。

3月7日の日韓戦には4万2318人、8日の台湾戦には4万584人の観客が東京ドームを埋め尽くした。台湾戦の場合、その10分の9が台湾を応援するファンであり、まるで台湾のホームグラウンドのような熱気だった。韓国側も応援団を組織してはいたが、台湾ファンの大声援にかき消された。

また、台湾戦は日本との激闘(6-8で敗北)からわずか14時間後となる翌日正午の試合だったため、選手たちのコンディションは最悪だった。安打わずか4本(うち2本はキム・ドヨン)という結果が、その過酷さを物語っている。

台湾にタイブレークの末、4-5で敗れたことは極めて衝撃だった。キム・ドヨンは「本当に腹が立つし、悔しい」と語った。台湾代表の選手たちは試合後、互いに抱き合い、人目をはばからず号泣した。2024年プレミア12の優勝チームでありながら、今大会ではオーストラリアに完敗(0-3)し、日本にはコールド負け(0-13)を喫していただけに、台湾にとっては屈辱の連続だったのである。

韓国代表
台湾に敗れた韓国代表(写真提供=OSEN)

プール最終戦、運命のオーストラリア戦。準々決勝進出には「オーストラリアを2点以内に抑え、かつ5点差以上で勝つ」という、まさに「ミッション・インポッシブル」を突きつけられた韓国は、薄氷を踏むような試合を展開した。5点差に広げれば、オーストラリアが再び4点差に詰め寄るという、血の気が引くような状況が続いた。

この日の東京ドームには3万2908人の観客が詰めかけたが、韓国やオーストラリア、日本だけでなく台湾のファンも数多く詰めかけていた。韓国が8点以上、オーストラリアが3点以上取れば、失点率の計算によって台湾が準々決勝に進める可能性があったからだ。

7-2で迎えた9回表二死一塁、絶好調なはずのムン・ボギョンがど真ん中の球3つを完全に見逃して韓国の攻撃が終了した際、台湾ファンから凄まじい怒号が飛んだのはそのためである。この時点で台湾の突破可能性が消滅したからだ。

9回裏にはイ・ジョンフのファインプレーも飛び出し、韓国は7-2という不可能と思われたミッションを完遂した。17年ぶりとなるWBC準々決勝進出が決まった瞬間、リュ監督をはじめとするコーチ陣、そしてリュ・ヒョンジンやムン・ボギョンら選手たちは、せきを切ったように涙を流した。現場にいた元プロ野球選手の解説者たちも同様だった。

韓国代表
オーストラリアに勝利し、準々決勝進出を決めた韓国代表(写真提供=OSEN)

イ・ジョンフはこう語った。「自分は(韓国野球の)惨事の主役だったが、王朝の主役だった(リュ・)ヒョンジン先輩もいたし、後輩たちは新しい王朝を築くことができる選手たちだ。だから、その機運が強かったのだと思う」。

韓国野球は決して強くはない。日本はもちろん、台湾相手にも厳しい戦いを強いられるのが現状だ。それでも、これまでの大会とは異なり、今大会には希望が見えた。

若い選手たちが太極マークの下で固く結束し、決して簡単に試合を投げ出さない。

だからこそ、「僕たちは無限の可能性を秘めたチームだ」というアン・ヒョンミンの言葉が、これほどまでに胸に響くのかもしれない。

●ハンギョレ新聞、キム・ヤンヒ記者

(記事提供=時事ジャーナル)

【写真】ド迫力の“開脚”も!韓国プロ野球“美脚美女”の大胆始球式

侍ジャパンの勝利、“宿敵”韓国メディアが異例の感謝「ありがとう、日本!」

【写真】韓国美女チアリーダー、目を疑う“非現実的”ボディ

前へ

1 / 1

次へ

RELATION関連記事

デイリーランキングRANKING

世論調査Public Opinion

注目リサーチFeatured Research