“空中浮遊”演出に「宗教団体」連想の声 韓国女性グループMV巡り波紋、日本特有の背景浮き彫りに

2026年05月29日 K-POP #アイドル
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韓国女性グループLE SSERAFIM(ルセラフィム)の新曲ミュージックビデオにおける一場面が、インターネット上の一部ユーザーの間で波紋を広げている。

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議論の的となっているのは、『BOOMPALA』のMV内でメンバーが座禅のような姿勢を組み、空中に浮遊しているように見えるシーンだ。

この演出を、スピリチュアルな表現やマインドフルネス、あるいは東洋的な修行のイメージとして受け取る視聴者は多いだろう。

元来、座禅や瞑想、そして空中浮遊といった描写は、宗教画やファンタジー作品、ゲーム、映画、音楽映像などにおいて広く採用されてきたモチーフである。

LE SSERAFIM
『BOOMPALA』MVの空中浮遊シーン(画像=YouTube)

しかし、日本のユーザーの一部にとっては、事情が少なからず異なっていたようだ。

SNS上では、この場面について一部のユーザーから「オウム真理教を連想する」「日本人メンバーがいるグループなのに、なぜこの演出を入れたのか」「見た瞬間にヒヤッとした」といった意見が噴出している。

その一方で、「これは仏教やスピリチュアル表現として普通にあるもの」「空中浮遊をすべてオウムに結びつけるのは飛躍しすぎ」「麻原彰晃がそういうイメージを利用しただけで、浮遊表現そのものはオウムのものではない」といった反論も少なくない。

制作側が意図した演出と、一部の視聴者が想起した記憶との乖離が、局所的な論争を引き起こしている形だ。

日本における「空中浮遊」の記憶と背景

日本において「空中浮遊」という言葉には、特殊な記憶が影を落としている。

オウム真理教は、地下鉄サリン事件や松本サリン事件、坂本堤弁護士一家殺害事件といった重大な犯罪を引き起こした宗教団体である。

かつての教祖、麻原彰晃は、自らの神秘性を誇示する手段として「空中浮揚」を宣伝に用いていた。

そのため、日本の一定以上の世代にとって、座禅を組んで宙に浮く姿は、単なる神秘的な表現に留まらず、オウム真理教や一連の痛ましい事件の記憶と結びつきやすい傾向がある。

当然ながら、空中浮遊や瞑想のポーズそのものは、オウム真理教固有の記号ではない。仏教やヨガ、修行、スピリチュアル、神秘主義、ファンタジーなどの文脈において、同様のモチーフは古来より存在している。

実際にネット上でも「これ自体は仏教や古代インドの伝説にもある」「オウムがそのイメージを勝手に利用しただけではないか」との指摘がなされている。

そうした背景を考えれば、LE SSERAFIMのミュージックビデオを見て「オウムを意図した演出だ」と断定することには無理があるだろう。むしろ制作側としては、瞑想や癒やし、精神世界、あるいは幻想的なスピリチュアル空間を表現しようとした可能性が高い。

LE SSERAFIM
LE SSERAFIM(写真提供=OSEN)

しかし、意図さえなければ問題にならない、というわけでもない。

とりわけLE SSERAFIMには、宮脇咲良とカズハという2人の日本人メンバーが所属している。日本市場での存在感も極めて大きいため、日本の視聴者が過敏に反応し得る記号が映像に含まれていた場合、「制作側は日本での見え方を考慮しなかったのか」という不満が出やすくなる。

SNS上でも、「麻原彰晃やオウムの意図はないと思うが、そう見える人がいる以上、運営のセンスが悪い」「空中浮遊坐禅なんてオウムだけのものではないが、日本では連想する人がいてもおかしくない」「大げさかもしれないが、オウムはネタにしてはいけない記憶だ」といった反応が見受けられた。

その一方で、「何でもオウムに結びつけるのは無理筋」「アンチが騒いでいるだけ」「よくあるポーズによくある浮遊表現で“麻原だ”となるほうが異常」という冷ややかな声もある。

今回の議論は、まさにこの「連想を禁じ得ない層」と「それを飛躍だと断じる層」の温度差から生じている。

グローバル展開における表現のリスク

K-POPの現場では過去にも、制作側の意図とは無関係に、特定の歴史的記憶を呼び起こして議論に発展した事例がある。

2022年には、ボーイズグループEPEXの楽曲『Anthem of Teen Spirit』を巡り、一部の歌詞がホロコーストを連想させるとして批判を浴びた。

問題視されたのは、「水晶の中の夜」「あの水晶が割れた今夜」「Crystal Night is coming」といったフレーズだ。海外のファンを中心に、1938年にナチスがユダヤ人の商店などを襲撃した「クリスタル・ナハト(水晶の夜)」を想起させるとの指摘が相次いだのである。

所属事務所のC9エンターテインメントは、楽曲のモチーフはジョージ・オーウェルの小説『1984』であり、実際の歴史的事件とは関係がない旨を説明した。韓国の青少年が置かれた画一的な教育環境を比喩的に表現したものだという。

しかし同時に、事務所は「比喩の要素として安易に判断し、より慎重かつ精密に資料の確認を進めることができなかった」と謝罪を表明。歌詞の一部を修正することも発表するに至った。

この事例が示しているのは、作り手にその意図がなかったとしても、受け手が歴史的な悲劇を連想し、不快感を抱けば、その表現は修正や謝罪の対象になり得るという現実である。

制作側が「文学的な比喩」として用いた言葉であっても、異なる文化圏の視聴者にとっては虐殺の記憶を呼び起こすことがある。意図的ではなかったとしても、受け取る側にとっては苦痛を伴う表現になり得るのだ。

EPEX
EPEX(写真提供=OSEN)

今回のLE SSERAFIMによる空中浮遊のシーンも、同じ構図で捉えれば、単純に「考えすぎだ」と切り捨てることはできない。

ミュージックビデオがオウム真理教を意図して制作されたとは考えにくいが、一部の視聴者がその映像に麻原彰晃や教団の影を見てしまった以上、制作側の意図を超えたところで議論が広がるリスクは避けられない。

LE SSERAFIMは、もはや韓国国内のみをターゲットにしたグループではない。日本人メンバーを擁し、日本でも絶大な人気を誇り、世界を舞台に活動を展開している。そうしたグループの作品は、韓国だけでなく、日本、米国、欧州、東南アジアなど、多様な文化圏の視聴者に同時に消費される。

そこで表面化するのが、映像表現における「地域別リスク」の難しさだ。

ある国では一般的な神秘表現とみなされるものでも、別の国では凄惨な事件を想起させるかもしれない。ある文化圏では芸術的な比喩に見えるものが、別の場所では差別や虐殺、戦争、テロの記憶を刺激することもある。

グローバルに活動するK-POPグループであればあるほど、こうしたリスクを完全に回避することは困難になる。今回の局所的な騒動は、その現実を改めて突きつけたといえるだろう。

意図せずとも、記憶は呼び起こされる。世界中に向けてクリエイティブを発信するということは、その難しさも同時に引き受けることなのかもしれない。

(記事提供=スポーツソウル日本版)

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