日本と対照的だった韓国のメディア対応 ソン・フンミンの取材拒否は誰のためだったのか【北中米W杯】

2026年07月17日 スポーツ #サッカー
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北中米ワールドカップで躍進を遂げた日本代表の戦いを見ていて、改めて実感したことがある。

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今回の日本代表が見せた大きな盛り上がりは、決してピッチ上の結果や成績だけで生まれたものではなかった。

言うまでもなく、森保ジャパンの戦いぶりは見事であった。オランダやブラジルといった強豪国を相手にしても気後れすることなく、組織的に立ち向かい、選手一人ひとりが自らの役割を全うしようと必死に戦うその姿とパフォーマンスが、日本国内に熱狂を巻き起こしたことは確かだ。

だが、それと同じくらい強く印象に残ったのが、選手たちのメディアに対する向き合い方であった。

スポーツライターのミムラユウスケ氏が『Number Web』や『集英社オンライン』に寄せた記事によると、今大会の日本代表はメディアとの接し方を大きく変化させたという。選手たちは、単にマイクを向けられるのを待つのではなく、自分たちのタイミングでメディアの前に立ち、自らの言葉で思いを発信したのだ。

長友佑都は「壁を乗り越えたときにはすごい景色が待っている」とファンの心を鼓舞し、上田綺世や田中碧らも自らの言葉で熱い情熱を語り続けた。キャプテンの板倉滉も、試合後や大会期間中に率直な言葉でチームの熱気を伝え続けた。

選手たちの言葉は記事になり、映像になり、SNSで拡散され、日本中の関心をさらに引きつけていった。彼らは既存メディアをファンとの架け橋として巧みに活用し、大会の空気感を作り上げてみせたのである。

ピッチ上の戦いと、ピッチ外の発信が連動する。選手の言葉が熱を生み、その熱がまたチームを後押しする。今大会の日本代表には、そうした好循環が存在していた。

対照的な韓国代表とメディアの分断

そんな日本代表と全く対照的だったのが今回の韓国代表だ。

今回の韓国代表は自国のメディアを通じて積極的に発信するどころか、自らファンとのコミュニケーションを断ち切ってしまった。

その火種となったのは大会前の練習中、一部の報道関係者が練習中にキャプテンのソン・フンミンの兵役免除特例を揶揄・嘲笑するような発言をし、その音声が放送されたとされる一件であった。

韓国において兵役は極めて繊細なテーマだが、ソン・フンミンは2018年アジア大会優勝によって制度に基づく兵役特例の対象となり、基礎軍事訓練も終えている。

にもかかわらず「兵役も行っていないのに軍隊の真似事をして走っている」という悪質な揶揄は、法律に基づいて特例を受けた本人からしてみれば、許しがたい侮辱であった。激怒したソン・フンミンはチェコ戦以降、韓国メディアの取材を完全に拒絶するようになった。

韓国代表
(写真提供=OSEN)

これは決して軽い問題ではない。

ソン・フンミンは韓国サッカーの象徴であり、長年にわたって韓国代表を背負い続けてきた選手だ。その尊厳を傷つけるような言葉があったのなら、本人が怒り、メディアに不信感を抱いたとしても無理はない。

その感情は一人の人間として当然のものだろう。メディア側に猛省が求められるのは言うまでもない。

だから、彼の対応そのものを単純に批判するつもりもないが、残念だったのはソン・フンミンとメディアの確執がチーム全体にも及び、ほかの選手たちもメディア取材の現場に姿を現さなくなったことだ。

練習会場で行われる予定だったチェコ戦で同点ゴールを決めたファン・インボムの記者会見は急遽キャンセルされ、同じくチェコ戦で逆転ゴールを決めたオ・ヒョンギュについても本人へのインタビューではなく、彼のコンディション回復に一役買った医療スタッフたちへの囲み取材で代替された。

それは理不尽な扱いを受けたキャプテンへの同情を示すための、チームとしての抵抗だったのかもしれない。

その行動には一定の理解はできたが、解せなかったのは、事態を収拾しようと記者団の代表者たちがチーム全員の前で深く頭を下げて謝罪してもこの取材拒否が1週間以上も続いたことだ。

発信の機会喪失と失われた熱量

揶揄発言をした記者も事態を招いた責任を痛感して謝罪文を挙げ練習現場への出入りを自粛しても、ソン・フンミンと同世代のイ・ジェソンらが首を縦に振らなかったため、メディアはもちろん、一部の選手からも「そこまでする必要があるのか」との声も出始めた。

筆者も記者団と行動をともにしながらその過程を見守った一人だが、このときの空気はチームにとって明らかに不要なノイズであった。

というのも、ワールドカップは、選手、スタッフ、ファン、メディア、そして国民の視線と感情が複雑に絡み合う特別な舞台だからである。そこで生まれたひとつの選択がチーム全体に影響してしまうことがあるのだ。

今大会の韓国代表が置かれた状況は、まさにそうだったのではないか。結果として韓国代表は、国民の関心が最も高まるタイミングで、ファンに自分たちの言葉を届ける機会を狭めてしまったのだから。

考えてみてほしい。

ファン・インボムやオ・ヒョンギュに限らず、ワールドカップで結果を残すことはサッカー人生における大きな勲章である。本来なら、その瞬間にメディアの前で喜びを語り、それまでの努力や苦悩を国民に伝える機会があってしかるべきであった。

オ・ヒョンギュ
(写真提供=OSEN)

ファンもそれを聞きたかったはずだ。

どんな思いでピッチに立ったのか。ゴールの瞬間、何を感じたのか。この勝利を誰に届けたかったのか。そうした生の言葉こそが、代表チームと国民をつなぐ。ワールドカップの物語を作る。大会の熱を広げる。

しかし、韓国代表はその機会を十分に生かし切れなかった。日常的に世界中からスポットライトを浴びているソン・フンミンはともかく、他の選手たちにとっては4年に一度どころか、サッカー人生で一度あるかないかの貴重な発信機会だったかもしれないだけに、その機会がチーム全体の沈黙によって薄れてしまったことは、やはり惜しかった。

もちろん、問題発言をしたメディア側の責任は重い。韓国サッカー協会の危機管理にも疑問は残る。

チームとしてどう対応するかを整理できなかったホン・ミョンボ監督ら首脳陣の責任もあるだろう。問われるべきは、韓国代表という組織全体の対応だったのかもしれない。

だが、メディアに抗議する方法は、ほかにもあったはずだ。問題を起こした側に説明と謝罪を求めながら、代表チームとしては国民に向けて言葉を届ける。そんな選択肢もあったのではないかと思う。

チーム内で大きな影響力を持つキャプテンが、どこかの段階で事態を収める方向へ動いていれば、違った展開もあり得たのではないか。

しかし、ソン・フンミンが選んだのは「沈黙」であった。

「沈黙」の代償と今後の課題

その沈黙には、選手への敬意を欠いた言動に対する怒りの感情が込められていたのかもしれない。

その気持ちを理解できないわけではないが、同時にその沈黙はファンへの沈黙にもなってしまった。代表を応援する国民に対して、選手たちの思いや覚悟が届きにくい状況を作ってしまったことも否定できない。

個人の尊厳を傷つけられたソン・フンミンの怒りは理解できる。しかし、キャプテンとは、自らの感情を代弁するだけでなく、チーム全体の利益を考え、ときには対立の出口をつくる立場でもある。そう考えると、どうしてもこの問いにたどり着く。

取材拒否という行動は、果たして誰のためだったのか。結果的にチームのためになったのか。韓国代表を守るためだったのか。

この問いに対する答えは、ひとつではないのだろうが、少なくともその選択が韓国代表にとって明確なプラスとして働いたとは言い切れなかった。

むしろ、大会中に生まれるはずだった感情のこもった言葉や熱量を届けられなかった分だけ、ファンや国民の関心を遠ざけてしまったのではないか。

韓国代表
(写真提供=OSEN)

日本代表は違った。

選手たちは語った。悔しさも、喜びも、覚悟も、迷いも、すべて自分たちの言葉で伝えた。その言葉が次の試合への期待を高め、ファンの感情を揺さぶり、代表チームを「自分たちのチーム」として感じさせた。

韓国代表に足りなかったのは、戦術や結果だけではなかったのではないか。国民とともに戦うための回路を、最後まで十分に開いておけなかったこと。これもまた、今大会の韓国代表が抱えた大きな課題だったように思えてならない。

ワールドカップは、ピッチ上だけの大会ではない。国民の視線、メディアの報道、選手の言葉、ファンの感情。そのすべてが絡み合って、ひとつの物語になる。

日本サッカーはその物語を大きく育てた。韓国は、その物語を広げ切れなかった。

韓国サッカー界はこの問題から目を背けてはいけない。メディアとどう向き合うのか。ファンに何を届けるのか。代表チームとは誰のために存在するのか。

その答えを見失った「沈黙」の代償ははるかに重く、韓国サッカーが向き合うべき課題として横たわっている。

(文=慎 武宏)

危機の韓国サッカー。“沈黙”のソン・フンミンに自国メディアが問う「キャプテンとしての役割」

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