日本で高い評価を受ける実力派女優であり、韓国でも映画ファンを中心に幅広く知られる存在。そんな安藤サクラを新曲のミュージックビデオに起用した韓国のバンドHYUKOH(ヒョゴ)が、予想外の批判に直面した。
HYUKOHは先日、約6年ぶりとなる新曲『Godspeed!』を発表した。前日に公開されたMVには、安藤サクラが主演として登場した。
安藤はマラソンを走り、地下鉄に乗り込み、幼少期と現在を行き来しながら、繰り返される日常とそこに積もっていく無気力感を表現している。
HYUKOH側は、彼女の演技によって作品に「より深みのある没入感」をもたらしたかったという趣旨で起用理由を説明した。
本来であれば、日韓エンタメの距離がまた一歩近づいたニュースとして受け止められても不思議ではない。
しかし韓国では、まったく別の側面に注目が集まった。
議論の対象となったのは、安藤本人の発言や行動ではない。
「安藤が第29代内閣総理大臣を務めた犬養毅のひ孫にあたる」という家族背景だ。
犬養毅は1896年、日本人を指導する側、朝鮮人を労働力として捉える帝国主義的な認識を示した文章を残した人物として、韓国では批判的に語られることがある。
さらにMVの公開日は、8月15日の光復節からわずか2日後であった。日本で「終戦の日」と呼ばれる8月15日は、韓国では「日本の植民地支配から解放されたことを祝う日」として「光復節(クァンボクチョル)」とされている。
そのため一部からは、「なぜこのタイミングで、あえて安藤サクラだったのか」「6年ぶりの新曲なのに不要な議論を招いた」といった声が上がった。
だが、ここで線を引く必要もある。
犬養は戦後の極東国際軍事裁判で戦犯として有罪になった人物ではない。また、安藤サクラ本人が曽祖父の思想や歴史観を支持しているという事実も確認されていない。
それでも、出演者本人ではなく、何世代も前の家族史や公開時期までがキャスティングの評価材料となった。
今回の騒動が浮き彫りにしたのは、まさにそこだ。
近年、日本と韓国のエンタメ業界の距離は急速に縮まっている。
日本のドラマに韓国の俳優が出演することも珍しくなくなった。
たとえば、チェ・ジョンヒョプは2024年、TBS系ドラマ『Eye Love You』をきっかけに日本でブレイクし、最近も橋本環奈と共演したドラマ『バカンスの法則』に出演している。
また、ナ・イヌは『初恋DOGs』、イ・イギョンやハ・ヨンスらは『DREAM STAGE』に出演した。
反対に、日本の俳優が韓国の番組や作品に登場したり、韓国ドラマが日本でリメイクされたり、日本の作品が韓国版として生まれ変わるケースも増えている。
配信サービスの普及もあり、国籍を越えたキャスティングそのものが作品の話題性や広がりを生む時代となっている。
ただ、距離が近づけば近づくほど、これまで見えなかった部分まで見えてくる。
その一例が、昨年話題となった佐藤健だ。
日本版『私の夫と結婚して』に出演した佐藤健は、韓国のYouTube番組で歌手カンナムと会話した際、初対面でありながらくだけた言葉遣いをしたことなどをめぐり、一部の韓国視聴者から「無礼ではないか」と批判された。
同じくだけた言葉遣いであっても、年齢や敬語をより強く意識する韓国では、日本以上に重く受け止められる場合がある。
逆のケースもある。
日本ドラマ『キャスター』に出演していたキム・ムジュンは、永野芽郁をめぐる日本側のスキャンダル報道に名前が巻き込まれた。本人側は交際説を否定したものの、その後、ドラマ内での露出が大幅に減少したとして注目された。
国境を越えれば、作品だけを持ち込むことはできない。文化、マナー、芸能界の慣習、スキャンダルへの向き合い方までが一緒についてくる。
そして今回のHYUKOHと安藤サクラの一件では、そこに「歴史認識」という、さらに重い問題が加わった。
では今後、日韓共同制作や越境キャスティングを行うたびに、出演者の家系を何代も遡って調べなければならないのだろうか。
もちろん、それが現実的とは言い難い。
今回も、安藤サクラ本人の言動に問題があったわけではない。曽祖父の歴史的責任を、数十年後に生まれた本人にまで負わせるべきなのかという別の問題もある。
だからこそ、今回の騒動は難しい。相手国でどのように受け止められるかを可能な限り想定することは、国境を越えて作品を制作するうえで、これまで以上に重要になっている。
一方で、それを突き詰めれば、「出演者の祖先まで調査するのか」という話になりかねない。
今回、HYUKOH側が安藤サクラの家族背景をどの程度把握していたかは確認されていない。ましてや、光復節直後の公開により、曽祖父の経歴まで掘り起こされて議論になることまで想定していたかも不明だ。
それでも結果として、6年ぶりの新曲の話題が、MVに出演した女優の曽祖父をめぐる議論にまで広がった。
ここに、日韓エンタメが近づいたからこそ生まれた新たな難しさがある。
文化やマナーの違いであれば、事前に学ぶことで回避できる部分もあるだろう。だが、出演者の家族史や何世代も前の歴史的評価となれば、話は簡単ではない。
どこまで調べるのか。どこまで配慮するのか。そして、どこから先は本人とは切り離して考えるのか。その線引きの難しさ自体が、越境キャスティングにおける新たなリスクとして浮上している。
日韓エンタメの交流が深まること自体は、歓迎すべき流れである。
互いの俳優が相手国の作品に出演し、制作会社が協力し合い、一つの作品を世界へ届ける。その可能性は以前よりもはるかに大きくなっている。
ただ、距離が縮まれば、これまで見えなかった違いまで鮮明になる。日本ではほとんど意識されない歴史的背景が、韓国では大きな意味を持つこともある。その逆もまた同様だ。
今回の安藤サクラの起用をめぐる騒動は、「相手国の文化を理解していれば防げた」と簡単に片付けられる問題ではない。
理解しようとすればするほど、「では出演者の祖先まで調べるのか」という別の問いが生まれるからだ。
むしろ、すべてのリスクを事前に排除することはできないと認識した上で、それでもそのキャスティングを選ぶのかを判断すること。そして、問題が起きたときに、作品としてなぜその人物を起用したのかを説明できることが重要になる。
HYUKOH側は今回、安藤サクラの演技力や、作品への没入感を高める存在として起用したと説明している。その判断自体を、今回の議論だけを理由に誤りだったと断定することはできないだろう。
「日本人を起用した」「韓国人と共演した」というだけで新鮮だった段階は、すでに終わりつつある。次に問われるのは、相手国の文化や歴史、感情をどこまで理解し、どこまでを作品づくりのリスクとして考えるのかだ。
急接近する日韓エンタメは今、「一緒に作る」段階から、「相手を理解したうえで一緒に作る」段階へ進めるのかを問われているのかもしれない。
(記事提供=スポーツソウル日本版)
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