「私のアジア大会2度目の挑戦が終わった」
愛知・名古屋アジア大会で意味ある挑戦を終えた女子ビーチバレー韓国代表のシン・ジウンが、自身のSNSを通して心からの思いを綴った。
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アジア大会初勝利、そしてベスト16進出という価値ある成果を残した彼女は、自身を応援し支えてくれた人々へ一番に感謝の気持ちを伝えた。
シン・ジウンは8月29日に自身のインスタグラムを通じて「私のアジア大会2度目の挑戦が終わった」とし、「共に太極マーク(韓国国旗)を背負って戦った男女代表チームの選手たち、いつも傍で力になってくれた両親と多くの方々、そして遠くから試合を観て応援してくださったすべての方々のおかげで、再び今大会のコートに立つことができた。心から感謝申し上げる」と綴った。
続いて「ともに戦った韓国ビーチバレー代表チームのみんな、本当にお疲れ様でした」と仲間たちにも拍手を送った。
キム・ジョンアとペアを組んだシン・ジウンは28日、愛知県の碧南緑地ビーチコートで行われた愛知・名古屋アジア大会女子ビーチバレーのベスト16で、中国のシャ・シンイー&ヤン・シュー組に0-2で敗れ、今大会を終えた。
メダルには届かなかったが、シン・ジウンにとって今大会は特別だった。2023年杭州アジア大会で4戦全敗の予選敗退を喫していた彼女は、2度目のアジア大会で初勝利を挙げ、ベスト16の舞台まで踏んだ。3年前と比べれば明確な前進だった。
何より、再びアジア大会のコートに立ったこと自体が、シン・ジウンにとっては並々ならぬ意味を持つ。
インドアのバレーボール選手からビーチバレーへ転向した彼女は、杭州アジア大会を終えた後、一時は引退まで決意した。選手生活を継続するための現実的な壁があまりにも高かったためだ。
ビーチバレーは国際競争力を高めるために継続的な海外大会への出場が必要だが、シン・ジウンが十分な支援を受けることは困難だった。海外の大会に1度出場するのに600万~700万ウォン(日本円=約69万~81万円)ほどの費用がかかり、スポーツインストラクターやハンバーガーショップでのアルバイトなどをしながら自ら経費を捻出することもあった。
安定したパートナーと長期間ペアを組むことすら容易ではなかった。8年間でパートナーが9回変わる過酷な環境下でも、コートを離れることはなかった。
そんななか、シン・ジウンの試合映像や写真がオンラインで話題を集めたことで世間の関心が高まり、スポンサーも現れた。再び競技に集中できる足がかりを得た彼女は代表に選出され、2度目のアジア大会の舞台を踏んだ。
有名になる過程が常に微笑ましいものばかりだったわけではない。競技力よりも容姿や衣装に視線が集中し、行き過ぎた悪質コメントに苦しめられることもあった。
シン・ジウンは過去に韓国のバラエティ番組に出演した際、ビーチバレーの競技ユニホームについて「ビキニを着なければならないという規定はない。規定ではなく選択だ」とし、「ビキニを着るのがカッコいいと思っているし、それがビーチバレーの伝統であり魅力だと思っている」と自身の考えを堂々と明かした。
それとともに、一部のネットユーザーから「“露出病にかかったのか”、“酒場の女みたいだ”といったことを言われる」と打ち明ける場面もあった。
しかしシン・ジウンは、自身に向けられる心ない視線に立ち止まることはなかった。再び韓国代表として2度目のアジア大会に挑み、初勝利とベスト16進出という結果を作り出した。今大会では日本や台湾など海外からも関心を集め、ビーチバレーを広めるもう一つの顔として注目を浴びた。
だからこそ、大会をすべて終えた後にシン・ジウンが残したメッセージは、自身の成果をアピールすること以上に「感謝」に焦点が合わされていた。
引退を悩んだ杭州から、再び代表マークを背負ってコートに立った愛知・名古屋まで。結果だけを見ればベスト16で止まったが、シン・ジウンにとっては再始動してここまで来たこと自体が意味のある前進だった。
「すべての方々のおかげで、再び今大会のコートに立つことができた」。2度目のアジア競技大会は終わった。しかし、数多くの現実的な壁や偏見を乗り越え、再びコートに立ったシン・ジウンの挑戦までが終わったわけではない。
(記事提供=OSEN)
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