救急室の“たらい回し”が前年より1430件も増加…次々と医師が辞めていく韓国医療界、見つからない解決策

2025年01月18日 社会 #医療・病院
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尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の「医療改革」が難関に直面している。

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韓国政府による2024年2月の医学部増員政策に反発して集団辞職した研修医たちは、1年経とうとしているにもかかわらず、戻っていない。

研修医の空席を埋めていた専門医や教授たちも過労により病院を去り、医療従事者のいない病院は徐々に崩壊し始めた。

国内の「ビッグ5病院」(ソウル大学病院、ソウル峨山病院、セブランス病院、サムスンソウル病院、ソウル聖母病院)は、新規患者を受け入れられない事態にまで陥った。

政府が2兆ウォン(約2134億円)を超える健康保険財源を投入したが、一度崩壊した医療体制は回復しなかった。医療改革を主導した尹大統領は「内乱被疑者」として失脚し、医師と政府の対立は事実上、解決策を見失っている。

再搬送件数、1400件増加

その被害はそっくりそのまま国民が背負うこととなった。心停止状態で救助されても医師がいないため、病院の入口にすら入ることができない現実がある。

救急車
(写真=時事ジャーナル)

実際、忠清北道・清州(チョンジュ)市では、30代のA氏が酒を飲んでいる最中に突然心停止となり意識を失ったが、22の病院に受け入れを拒否される事態が発生した。

近隣の忠北大学病院はもちろん、大田(テジョン)、世宗(セジョン)、忠清南道といった忠清圏の病院を回ったものの受け入れ先が見つからず、最終的に清州市から約100km離れた水原(スウォン)市の総合病院に搬送された。この過程にはなんと3時間30分もかかった。

このように「救急室たらい回し」を経験した国民は他にもいる。『時事ジャーナル』が消防庁に情報公開請求を通じて入手した資料によると、2024年1月から12月までの「119救急隊再搬送件数」は5657件だった。医師と政府の対立が始まる前の2023年の再搬送件数は4227件であり、1年で1430件(約34%)増加した。

再搬送件数が急増した主な原因は「専門医の不在」だ。

専門医とは、研修医過程(インターン・レジデント)を経て保健福祉部長官が実施する専門医資格試験に合格した医師を指し、彼らは救急患者の診療、処置、手術などすべての業務を担当する。救急室で中枢的な役割を果たす存在だ。

前出のA氏も専門医の不在により22回も搬送を拒否された。このようなケースは2024年に2331件発生しており、2023年の1771件と比較して1年で560件増加した。

専門医が不足する理由は、研修医の集団辞職に加え、専門医自身も病院を離れたからだ。2024年3月から10月までに、全国88の研修病院で辞職した専門医は1729人に上り、研修医辞職前の2023年同期の865人と比べて約2倍に増加した。

特に救急医学科の専門医は2024年に137人が辞職し、2023年同期の38人と比較して3.6倍に増加した。

専門医の離脱が加速した背景には、過大な業務負担がある。研修医が辞職したことで、その役割を専門医が肩代わりせざるを得ない状況だ。夜通し当直をしながら一日も休めない状況が繰り返され、流産に至る医療従事者も続出している。

さらに、1人が病欠や休暇を取ると、残りの医療従事者の負担がさらに増し、最終的に体力的・精神的な限界に達した専門医が辞職に追い込まれる。医療界は「もはや使命感だけでは耐えられない」と限界を訴えている。

病床不足による救急隊の再搬送件数も1年で100件近く増加した。2023年の635件から2024年の720件へと約13%増加している。

病床不足は公立医療機関でも例外ではなく、ソウルの市立病院であるソウル医療院やボラメ病院の病床稼働率は、研修医が辞職する前は72%だったが、2024年5月末時点でそれぞれ44%と52%に低下した。

国家運営の国立中央医療院でも同様の状況で、2024年8月末時点での病床稼働率は40%にとどまった。国立中央医療院の損失額は400億ウォン(約42億7000万円)に達すると見込まれている。

「医学部の定員、ゼロベースで協議」

こうした状況のなか、今年の新規医師数は前年比の10分の1にも満たない見通しだ。

1月13日、国会・保健福祉委員会所属のキム・ソンミン議員が韓国保健医療人国家試験院から受け取った資料によると、1月9日から10日に実施された第89回医師国家試験(国試)の筆記試験は285人が受験した。2024年の第88回では3231人が受験し、3045人が合格している。

医師免許は医学部または医療専門大学院卒業後に、国試の実技試験と筆記試験の両方に合格した者に与えられる。筆記試験受験者全員が合格しても、今年の新規医師数は285人に過ぎない。

これは医学生の大半が集団休学したことで、国試を受けられる学生自体が大幅に減少したためだ。全国の医学生たちは政府の医学部定員増加政策に反発し、2024年3月に「同盟休学」を行った。

国会・教育委員会所属のペク・スンア議員)が公開した「ソウル大学を除く9つの国立大学医大生の休学状況」によると、2024年の休学申請者は合計4647人に達した。本来であれば、前年の国試不合格者や海外医科大学卒業生を含む約3200人が受験対象であったはずだ。

約1年にわたる医師と政府の対立は、年が変わり、新たな局面を迎える可能性がある。

『時事ジャーナル』の取材を総合すると、尹大統領の弾劾情勢が進むなか、医学部定員問題が再び議論される可能性が浮上している。チェ・サンモク大統領権限代行が「医学部定員2000人増加」をゼロベースから再検討する意向を示したからだ。

チェ・サンモク代行
(写真=企画財政部)1月10日、「主要懸案解決会議」に参加したチェ・サンモク代行(一番右)

チェ代行は1月10日、政府ソウル庁舎で主催した「主要懸案解決会議」において、「医療界が議論に参加し協議を進めるならば、2026年の医学部定員増加についてもゼロベースで柔軟に協議できる」と述べた。権限代行として、定員問題に関するメッセージを発信するのは初めてのことだった。

尹錫悦政権の医療改革を主導してきた保健福祉部のチョ・ギュホン長官も、一歩後退する姿勢を示した。

チョ長官はイ・ジュホ副首相兼教育部長官と共同で行ったブリーフィングで、「現時点で特定の数値を念頭に置いて2026年度の医学部定員を協議する計画はない」と明らかにした。また、「これまでは2035年までの医師需給の均衡を目標としていたが、今では教育条件や各大学の状況が非常に重要な変数となっている。これらを十分に考慮して協議を進める」と述べた。

チェ代行は医療現場を離れた研修医や医学生に向けて謝罪した。長官級ではなく、政府の最高位にある人物が医師と政府の対立に関連して医療界に謝意を示すのは初めてだ。

彼は「医療に献身するという夢を一時的に諦め、進路について悩んでいる研修医や、教育や授業の問題に苦しんだ教授、医学生の皆さんに申し訳なく、心が痛む」と述べた。

政府は集団辞職した研修医たちへの懐柔策として、研修や兵役に関する特例措置を提示した。これらの特例は、医療界が政府に公式に要求した内容だ。政府は今年上半期のレジデント募集で、辞職した研修医が1年以内に同一科目・同一年次で復帰できないとする制限規定を適用しないことを決定した。

これにより、2023年にレジデント1年次の研修開始を前に採用を辞退した研修医は、もともと研修を予定していた病院に復帰できるようになる。また、復帰を希望する研修医には研修をすべて終えた後、兵役義務を履行できるよう入隊を延期するとしている。

こうした政府の姿勢の変化を受け、医療界からも「今こそ交渉の場に着くべきだ」という声が上がり始めた。2025年度の医大入試が最終段階に差し掛かり、2026年度の定員について議論を先送りできないという危機感が、対話を促す要因となっている。

2026年度の大学入試日程に間に合わせるためには、少なくとも2月末までに決定を下す必要があるからだ。

しかし、政府への不信感が根深い研修医たちの間では、対立が簡単には解消されないという見方もある。匿名を希望したある研修医は、記者との通話で「約1年ぶりに政府が謝罪したが、遅すぎる」とし、「研修医の環境問題を解決しようとする意志が依然として見られず、復帰を望まない研修医も少なくないようだ」と述べた。

「強硬派」医師協会の新会長が変数に

大韓医師協会(医協)の新たなリーダーとして、キム・テクウ新任会長が当選したことも、医師と政府の対話における障害となる可能性が指摘されている。

キム・テクウ会長
(写真=キム・テクウ会長Facebook)

キム会長は医学部定員増加を「医療利権の乱用」と呼ぶなど、医療界の代表的な「強硬派」として分類されている。2024年2月に医協非常対策委員長に選出された際、定員増加を必ず阻止するとの立場を明確にし、場合によっては集団行動も辞さないと発言していた。

また、政府から告発され、警察の取り調べを受けたほか、医師免許停止処分を受けた経歴もある。

キム会長が直面する課題は山積している。

まず、2月までに2026年度の医学部の定員を確定する必要がある。また、政府が間もなく第2次実行計画を発表する予定の「医療改革課題」に対して、医療界の意見を一本化し、対応することも求められている。

何より急務となるのは、病院に行けない国民のために研修医の復帰を説得することだ。現在、インフルエンザやノロウイルスが流行しているうえ、旧正月連休を控えており、救急室の状況がさらに悪化する恐れがある。

(記事提供=時事ジャーナル)

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