韓国の全羅南道・莞島(ワンド)郡に50代の男性K氏が住んでいた。彼は片足が不自由な身体障害者(3級)だった。
【注目】白骨化した遺体を相次いで発見…韓国で“未解決”のままのワケ
2000年3月6日の夕方、K氏は村近くの中華料理店で友人たちと酒を飲み交わした。21時頃、友人たちとの会合は終わったが、K氏は一人残ってお酒を飲み続け、深夜0時頃に両親が住む家に行き、酒に酔ったまま愚痴を言って家を出た。
翌朝5時50分頃、K氏は村から6km離れたバス停近くの道路脇で、遺体となって発見された。口からは酒の臭いがし、遺体の前には自動車のウィンカーが壊れた状態で散らばっていた。
現場の状況からK氏がひき逃げ車両に轢かれて死亡したように見えたが、腑に落ちない点があった。遺体には出血や外傷がまったくなかったのだ。
警察はK氏の正確な死因を特定するため、国立科学捜査研究院・光州(クァンジュ)支院に解剖を依頼した。解剖の結果、死亡時のK氏の血中アルコール濃度は0.303%の酩酊状態で、睡眠誘導剤であるドキシラミン成分が検出された。
警察は事件発生から2日後の3月9日午前、被害者の長女である当時24歳のキム・シンヘ氏を尊属殺害の容疑で緊急逮捕した。
警察によると、キム氏は葬儀の最中に叔父に対して「父を殺した」と自白し、さらに伯父にも「私が殺した」と話したという。この言葉がキム氏を犯人として特定する決定的な契機となった。警察でも犯行を認めたため、キム氏は父親を殺害した殺人犯となった。
さらにキム氏は、事件の2カ月前である1月11日から28日までの間に、生命保険に8件も加入していたことが明らかになった。その保険も疾病保険ではなく、交通傷害保険だった。そのうち3件は解約したが、5件は維持していた。
また、キム氏の手帳には「死亡保険金受取」「睡眠薬を早朝までに20~30錠飲ませ、幹線道路で交通事故に見せかけて遺体を捨て、その場を立ち去る」といった内容が書かれていた。
警察の捜査報告書によると、キム氏の犯行動機は「復讐」であり、その目的は「保険金」だった。キム氏は学生時代、父親から性的虐待を受けた経験があり、異母妹も性的虐待を受けていたという話を聞いて殺意を抱いた。さらに保険金も狙い、事前に綿密な準備を進めていたという。
報告書によれば、事件当日の3月6日、キム氏はソウルでレンタカーを借りて莞島に向かった。翌日の未明1時頃、父親を訪ねて睡眠誘導剤30錠を砕いて洋酒に混ぜ、「肝臓に良い薬だ」と偽って立て続けに2杯飲ませた。その後、ドライブに誘って父親を車に乗せて家を出発し、車内で長時間会話をした。やがて父親が意識を失うと、人気のないバス停に移動して父親を道路に横たえ、交通事故に見せかけて現場を去ったとされている。
検察は警察の調査に問題がないと判断し、キム氏を尊属殺害および死体遺棄の容疑で拘束起訴した。第1審、第2審を経て、最高裁判所で最終的に無期懲役が確定した。
しかし、キム氏は警察で犯行を認めた後、現場検証を前にして、これまでの供述を覆した。警察の強引な捜査による自白であり、自分は父親を殺害していないと訴えた。
また、警察が自分を犯人と断定した根拠も一つひとつ反論した。さらに、子供の頃に父親から性的虐待を受けたこともなく、そのように証言したのは、親戚から「父親に性的虐待を受けたと言わなければ情状酌量されない」と強要されたためだったと述べた。
8件の保険に加入した理由についても、父親が障害者である事実を告知しなかったため、「告知義務違反」により保険金を受け取ることはできず、父親殺害の動機になり得ないと主張した。事件当日に故郷に向かった理由も、父親を殺害するためではなく、弟が無理やり呼び寄せたためだったと説明した。
事件当日の午前0時55分頃、キム氏は莞島に到着したが、すぐには実家に向かわなかった。当時、携帯電話を持っていなかった彼女は公衆電話から故郷の友人に連絡を取ったが、時間が遅すぎて誰にも会えなかった。
その後、祖母の家に電話をかけ、妹と通話した。妹から「父親が酒に酔って騒ぎ立てて帰って行った」と聞かされ、酒癖の悪い父親に会いたくなかった彼女は海辺の灯台に車を止め、一人で酒を飲みながら小説のプロットを考えたという。そして車内でうたた寝していると、クラクションの音で目を覚ましたときには、すでに朝の5時頃だったという。
その後にキム氏は慌てて父親の家に向かい、家の前の空き地に車を停めて中に入った。2階に明かりがついていたため父親を呼んだが返事がなく、寝ているのだろうと思って祖母の家に行き、そこで寝たと主張した。
そして、そこで他の家族から父親の死を知らされたという。
もちろん、キム氏が莞島に到着してから父親が死亡するまでの間のアリバイが確認されたわけではない。キム氏は収監された後も無罪を主張し続け、国家機関、市民団体、報道機関に対して、自分は冤罪であると繰り返し嘆願書を送った。
この事件は、警察の初動捜査から問題があった。当初、キム氏の自白はあったものの、それを裏付ける物的証拠は一切確保されなかった。さらに、キム氏の自白の経緯も不審点が多かった。親戚からの強い追及や「自白すれば軽い処罰で済む」という説得、さらには弟を守りたいという気持ちから、虚偽の自白をした可能性が指摘されている。
それにもかかわらず警察は、キム氏を犯人と断定し、強引な捜査を続けた。また、警察と検察の捜査内容が一致せず、捜査の信憑性をさらに損なった。
この事件で犯行に使われたとされるのは睡眠誘導剤だ。警察は、キム氏がドキシラミン30錠を粉末状にして洋酒に混ぜて飲ませたと説明した。
通常、ドキシラミン1錠を服用すると血中濃度は0.1mg/mlになる。警察の主張通りであれば、K氏の血中からは3.0mg/mlの濃度が検出されるはずだ。しかし、実際には血中濃度の130倍に当たる13.02mg/mlが検出された。これは130錠を服用しなければ出ない数値であり、警察の主張とは大きな差がある。
また、警察は「ドキシラミンを粉末にして酒に混ぜた」と説明したが、検察は「錠剤のまま服用させた」と主張を変えた。しかし、K氏の胃から錠剤の形状が識別される内容物は検出されなかった。このように、警察と検察の捜査には矛盾があった。
キム氏は睡眠誘導剤を茶碗の上で砕き、その周りに飛び散った粉を黄色い布巾で拭き取り、そのままゴミ箱に捨てたと供述した。もしこれが事実であれば、茶碗や布巾から睡眠誘導剤の成分が検出されるはずだ。しかし、警察が収集して検査を行ったところ、これらの証拠品から睡眠誘導剤の成分は検出されなかった。また、K氏が飲んだとされる洋酒の瓶やグラスも発見されなかった。
死亡したK氏はすでに大量の酒を飲んでおり、さらに高濃度の睡眠誘導剤が混ざった洋酒を追加で飲んだ場合、昏睡状態に陥ると考えられる。片足が不自由なK氏が家の2階から階段を下り、車でドライブをしながら会話をするという状況は現実的に不可能だ。
身長155cm、体重38kgのキム氏が、意識を失った大柄な父親を家の中から乗用車まで連れ出し、車に乗せた上でバス停に遺棄したというシナリオも不自然だった。さらに、キム氏が利用していたレンタカーからは、父親の血痕や毛髪も検出されなかった。
このように、キム氏を犯人とする物的証拠は一切確保されていなかった。この事実が報道を通じて知られると、キム氏の事件は新たな局面を迎えることとなった。
2015年1月、大韓弁護士協会はキム氏の事件について再審請求を決定した。事件発生から15年が経過してのことだった。同協会は裁判記録や証拠を精査した結果、警察が令状なしにキム氏の家を家宅捜索したことや、暴行や過酷な取り調べによって自白を強要したことなど、反人権的な捜査が行われたと指摘した。
同年11月18日、光州地方裁判所の判決により再審が決定。これは服役中の無期懲役囚に対する初の再審決定だった。そして2023年1月6日、キム氏の1審判決に対する再審で、無罪が言い渡された。
裁判所は「証拠物が違法に押収され、父親を殺害したという供述も虚偽の自白である可能性を排除できない」と述べた。
こうして父親殺害の罪で無期懲役を言い渡されていたキム氏は、25年ぶりに釈放された。
出所後、キム氏は「この事件がなぜ数十年もかかったのか」と疑問を投げかけ、「父が苦労ばかりして亡くなったのに、最後まで守りきれず申し訳ない。このようなことが二度と繰り返されてはならない」と語った。
しかし、検察が無罪判決に対して控訴したため、キム氏は不拘束状態で控訴審の再審を受けることとなった。
もし再審でも無罪が確定すれば、キム氏は韓国国内で最も長期間、冤罪で服役した人物として記録されることになる。また、刑事補償金や国家賠償金を受け取る権利を得る。
かつて華城(ファソン)連続殺人事件の犯人とされ、20年間服役していたユン・ソンヨ氏は2019年に再審で無罪を言い渡され、40億ウォン(約4億4000万円)の補償金を受け取った。これを踏まえると、キム氏はそれ以上の補償金を受け取る可能性が高いと見られている。
いわゆる「莞島殺人事件」は、キム氏の無罪が確定すれば未解決事件となる。犯人として指摘され、最高裁で刑が確定したうえに25年もの時間が経過しているため、真犯人が自ら名乗り出ない限り、未解決のまま終わる可能性が高い。
これは1972年に発生した「春川(チュンチョン)派出所長の娘強姦殺人事件」と同じ道を辿る可能性がある。この事件では警察の強引な捜査により、無実の青年が15年間も冤罪で服役し、その後釈放されたが、現在まで未解決のままとなっている。
両事件とも、真の殺人犯にとっては完全犯罪が成立してしまった。
莞島殺人事件は、警察が当初からキム氏を犯人と決めつけ、不十分な捜査を行ったことが問題だった。キム氏の自白に固執するあまり、物的証拠の確保が疎かになり、結果的にそれを得ることもできなかった。
例えば、キム氏は検察で事件現場にあった方向指示灯の破片について、ソウルの狎鴎亭洞にあるカーセンターで拾ってきたものだと供述している。このカーセンターで確認を行っていれば、キム氏の供述が事実か否かを判断できたはずだ。捜査機関が真犯人に逃げ道を与えてしまったも同然だ。
この事件の真犯人は、死亡したK氏の周辺人物である可能性が高い。状況的に計画的な犯罪である可能性が濃厚だからだ。
犯行が行われたのは、事件当日の深夜0時からK氏の遺体が発見された早朝までの約6時間の間だ。この間に何者かがK氏に致死量の睡眠誘導剤を摂取させたことになる。K氏は両親の家を出て自宅に向かっていたが、深夜の時間帯に酒に酔い、さらに足が不自由であった彼が数km離れた場所で遺体となって発見された点も不自然だ。
K氏が一人で歩いて行った可能性は低い。遺体の近くに方向指示灯が壊れた状態で散らばっており、交通事故に見せかけた形跡があることから、第三者が関与していることがうかがえる。また、大量の睡眠誘導剤を事前に準備し、交通事故に見せかけたことから計画的な犯行であると推測できる。
もし犯行が事前に計画されたものであるならば、犯人がK氏を知っている人物である可能性が高いと考えるのが合理的だ。
(記事提供=時事ジャーナル)
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