尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が幕を閉じ、次期大統領選の真っただ中にある韓国で、政界を揺るがす“宗教スキャンダル”が再び注目を集めている。
韓国憲政史上2度目となる大統領弾劾と早期大統領選挙という未曽有の政治的局面のなか、浮上してきたのは旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)を中心とした請託・ロビー疑惑だ。
発端は、高級ネックレスやブランドバッグといった贈答品だった。統一教会の元幹部・ユン氏が、政財界に強い影響力を持つとされる無資格の祈祷師“コンジン法師”ことチョン・ソンベ氏を介し、金建希(キム・ゴンヒ)元大統領夫人にそれらを渡したとされる。
検察は、これを教団案件に対するロビー活動=請託の一環とみて捜査を進めている。
なお、チョン・ソンベ氏は特定の宗教に属さない“祈祷師”でありながら、尹政権の人事や要職選定に関与したとされる人物。過去にも政治介入の疑惑が取り沙汰され、“陰の助言者”として韓国メディアにたびたび登場していた。
検察が注目している主な請託案件は以下の5点である。
「カンボジア・メコン川流域でのODA(政府開発援助)事業」「国連第5事務局の韓国誘致」「放送局YTNの買収計画」「教育部長官による統一教会行事への出席」「尹大統領就任式への教団関係者の招待」
特に重要な項目となっているのが、カンボジアでの大規模インフラ開発事業だ。ユン氏は2022年初頭、同国のフン・セン首相に「メコン平和公園」建設を提案していた。
その直後、韓国政府のカンボジア向けODA予算は2021年比で2倍以上に増額。従来は医療・防疫支援が中心だった援助方針が、道路・下水・ダムなどのインフラ分野へと広がった。
最低7000億ウォン(約700億円)以上とされる開発資金に公的資金が投入される可能性が浮上したことで、「ユン氏が政治的なロビーを通じて事業支援を得ようとしたのではないか」との疑念が強まっている。
ユン氏はかつて教団の世界本部長を務め、韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁の側近として知られた人物だ。彼は、創始者である故・文鮮明(ムン・ソンミョン)氏の遺族が教団財産を海外に流出させたと主張し、それを奪還するための訴訟準備を進めていた。
その対象には、ソウル・汝矣島(ヨイド)の大型複合施設「パークワン」も含まれていた。教団の資産が“文教祖の遺族が設立した海外法人”により不当に移転され、国内の主要資産が失われたと訴えていた。
この訴訟には、元検察官のA弁護士が関与しており、彼もコンジン法師の側近とされる人物だった。ユン氏は「作業は完了している。必ずソウル中央地検に訴状を出すように」と周囲に語り、政界関係者との“裏の交渉”を示唆する発言も残していたという。
だがその後、資金難や役職解任の影響により訴訟計画は頓挫。彼は教団が運営する『鮮文大学』の副総長を務めていたが、2023年12月、検察の家宅捜索を受けて辞任している。
ユ氏は、金夫人が経営していた展示企画会社「コバナコンテンツ」のスタッフでもあり、尹政権発足前後には“最側近”として活動していた。
検察は、ユ氏がコンジン法師を通じて2度にわたり高級バッグを受け取り、それを金建希氏に渡した可能性が高いと見ている。さらに、押収されたUSBメモリには、尹前大統領夫妻の「共同認証書(電子証明書)」が保存されており、ユ氏が資金管理にも深く関与していた疑いがある。
ただし金夫人側は、「ユ氏は行政手続きの補助を行ったにすぎず、資金管理や贈答品授受には関与していない」と反論している。
検察はさらに、教団が利用していた高級宝石店に対しても家宅捜索を実施。この店舗は、教団が政界関係者やVIPへの贈答用として使用していた宝飾品の多くを扱っていたとされ、主にユン氏とその妻(元財政局長)が購入を担当していたと見られている。
韓国の「不正請託および金品等授受の禁止に関する法律」(いわゆる“キム・ヨンラン法”)では、公務と直接関係がなくても、1人から100万ウォン(約10万円)以上の金品を一度に受け取った場合は違法とされる。請託が成立すれば、贈収賄罪に問われる可能性もある。
さらに、教団関係者が過去に判事・検察官へのロビー活動として資金提供していたとの疑いも浮上しており、現在はソウル警察庁と高位公職者犯罪捜査処がそれぞれ捜査を進めている。
今後の捜査次第では、政教分離の原則すら揺るがしかねないこの疑惑が、韓国社会と政治の根幹にどこまで波及するのか、厳しい目が注がれている。
(記事提供=時事ジャーナル)
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