人気俳優イ・ミンホが主演した映画『江南(カンナム)1970』(邦題『江南ブルース』)。今やセレブな街となった1970年代の江南を舞台に、不動産開発を巡るやくざたちの熾烈で悲哀に満ちた物語を描いた同作は、韓国映画としては2015年最初の200万人動員に成功するヒット作となったが、この『江南1970』だけではなく、韓国では暴力団を主人公にした映画がヒットを飛ばすことが多い。
古くはチャン・ドンゴン主演の『友へ(チング)』、最近ではチョ・インソンが主演した『卑劣な街』などがそうだ。チョ・スンウ主演の『下流人生』などは、1970年代に芸能界と暴力団との関係性なども描かれている。
実際、韓国でも日本同様に、かつては芸能界に暴力団の陰がちらついた。1960年代の映画界でキャスティングなどを取り仕切っていたのは暴力団出身者が多かったとも言われているし、70年代に活躍した歌手も「彼らの後ろ盾がなければ、ナイトクラブなどで営業できかった」と語っている。
韓国で暴力団は完全な非合法的な存在で、日本のように組の看板を公然と掲げることはできないが、芸能界にも 七星派(チルソンパ)、汎西方(ポムソバン)派、ヤン・ウニ派ら「韓国3大ファミリー」などの息がかかっていたのだ。
ちなみにキム・ヒョンジュンが主演したドラマ『感激時代』でも、ジェファ派、ファバン派など架空のやくざ組織が登場するが、「派」とは日本の「組」「会」にあたる。
そんな暴力団からの介入が特にひどかったのが、音楽界だった。1990年代後半まで、歌手やアイドルグループの地方公演では常にその地域の暴力団が興行権や会場代、警備などの利権をむさぼっていたのだ。
とある歌手が地方公演に出るとわかると、芸能プロダクションに無断で強引にナイトクラブのステージに立たされたり、サイン会をさせる組織もあったほどだった。1990年代に活躍した元アイドルも、「地方公演は憂鬱で脅えながらステージに立った」と告白している。
ただ、1999年10月に当時のノ・テウ大統領が暴力団組織排除のために“犯罪との戦争”を宣言。全国の地検に暴力団撲滅を使命とする“民生特捜部”なるものを新設して、有力組織を次々と解体に追い込んでいった。
その過程はチェ・ミンシク、ハ・ジョンウか主演した映画『悪いやつら』にも詳しく描かれているが、こうしたこともあり、芸能界における暴力団の影響力も次第に薄れていく。
特に韓流ブームが起きた2000年代に突入すると、芸能プロダクションの企業化が進み、暴力団とのしがらみや悪習を断絶する動きが活発化。暴力団組織の介入も難しくなっていく。
俳優やアイドルたちの活動領域が日本をはじめとする海外に広がったことも大きい。
彼らが地方公演ではなく海外公演に力を注ぐようになったことで、地方の暴力団に金が落ちる仕組みも弱まっていた。地方の暴力団員の間では「K-POP人気は儲からないのでまったく面白くない」という愚痴も囁かれるほどで、とある中堅音楽プロダクション社長によると「今では暴力団の介入が99%なくなった」という。
だが、“悪いやつら”ほどズル賢く生き残るもの。韓流に食い扶持を奪われた彼らは、今度は韓流を食い物にしようとする輩も出てくる。
その典型的事件が、2007年2月に発覚したクォン・サンウ脅迫事件だ。
汎西方派の親分だったキム・テチョンが、クォン・サンウに「日本でファンミーティングを開け」と脅迫。計3度も電話し、「日本の友人がお前から詐欺に遭い告訴すると言っている。その内容を記者たちに言いふらされたいのか。それがいやなら俺と会え。自宅はわかっている。会わなければどうなるかわかるか? 明日から血の海になるが関係ないということか?」と脅していたのだ。
また、クォン・サンウは同じ頃、元マネージャーで、有力暴力団の関係者とも言われるペク某氏からも、「自分と専属契約を結ばなければ、弱みを暴露する」と脅され、「マネージメントをペク某氏に任せ、約束を守らなければ10億ウォン(約1億円)支払う」という覚書を強制的に書かさされたという。
これら2件の脅迫事件は、自身の背後に暴力団がいることを強調した脅しであり、ソウル地検の捜査に摘発。キム・テチョン、ペク某氏は逮捕・起訴されたが、今でも芸能界に暴力団が介入しようとする動きがあることが明らかになり、社会的に大きな波紋を呼んだ。韓国の検察当局は言っている。
「最近の暴力団の手口は巧妙だ。豊富な資金をバックに芸能プロダクションを立ち上げるとこもあれば、組織の構成員を既存の芸能プロダクションにマネージャーとして送り込み、そこで得た私生活の情報を悪用して自分たちの影響力を行使しようとする。また、芸能プロダクションを買収してその迂回上場に陰で関与し、タレントのイベント出演やマネージメントに介入して不当な利益を得ようとする動きもある。表向きはブローカーを装って、タレントや芸能事務所に接近する輩たちもいるので注意が必要だ」
まさに韓流芸能界を食い物にしようと忍び寄る黒い影。韓流が今後もクリーンで健全なエンターテインメント業界として発展していくためには、暴力団の根絶が急務であることは間違いないだろう。
とはいえ、その撲滅は簡単ではないのも事実だ。
それどころか2014年10月に韓国の国会・安全行政委員会で明らかになった“組織暴力団検挙現況報告”によると、過去5年間で検挙された暴力団関係者のうち、10代の検挙者が309人にもなり、「暴力団の若年齢化」が進んでいるという。
もしかしたらそれは、『友へ(チング)』『卑劣な街』、そして『江南1970』などの映画とも無関係ではないかもしれない。暴力団を美化する映画が、暴力団の若年齢化を後押ししている――。そんなことになっていなければいいのだが……。
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