韓国球界の最低・最高・平均年俸の変遷を考える

2016年02月06日 スポーツ #プロ野球
このエントリーをはてなブックマークに追加

ほんの10年前まで韓国プロ野球では1億ウォン(約1000万円)が「夢の年俸」だった。

だが、今は違う。1億ウォンだと「たかが1億ウォンか」と言われてしまうどころか、相手にもされない。2億や5億ウォンでも満足してもらえないらしい。ただ、それも当然だ。今やトップスターとなると、10億ウォン台の年俸が当たり前となっている。

韓国球界の年俸の変遷を簡単に振り返ってみよう。

韓国で最初に1億ウォンを突破したのは、チャン・ミョンブだった。日本では福士敬章の名のほうに馴染みがあるだろう。70年代に巨人、南海、広島などで活躍したピッチャーで、1983年から1986年の3シーズンは韓国プロ野球界で活躍した在日韓国人2世だ。

最初に1億ウォンを突破したのは在日韓国人投手だった

このチャン・ミョンブが突破した1億ウォンを、2015年には136人の選手たちが軽々と飛び越えている。

それどころか韓国球界全体の平均年俸も昨シーズンに初めて1億ウォンを突破(1億638万ウォン)した。当時を知るファンからすると、信じられない飛躍ぶりだろう。

というのも、そもそも韓国プロ野球が発足した1982年、6球団の選手の平均年俸は1215万ウォン。33年間で平均年俸は約8.8倍も上がったことになる。

最高年俸者であったパク・チョルスン(当時OB)の年俸は2400万ウォン。それが30年後の2015年、キム・テギュン(ハンファ)の年俸は15億ウォン。なんと62.5倍も跳ね上がっているのだ。

興味深いのは、最低年俸と最高年俸の間にある格差だ。

1982年の最低年俸は600万ウォンだったが、33年後の2015年は2700万ウォン。わずか4.5倍にしかなっていない。1982年に最高額だったパク・チョルスンの年俸は平均年俸の2倍程度に過ぎなかったが、キム・テギュンの年俸は平均年俸よりも約14.1倍のレベルに達した。最高-最低年俸の間にある格差は1982年こそ4倍だったが、2015年は55.6倍になっている。

つまり、スター選手たちの年俸に比べて、大多数の選手たちの年俸上昇幅はそれほど大きくなっていないというわけだ。

最低年俸と最高年俸の格差はなんと55.6倍

なぜ、このような格差が生まれたのか。それは、1999年に韓国球界に導入されたFA制度によるところが大きい。

2000年にホン・ヒョンウがヘテ・タイガース(現KIAタイガース)がLGツインズにFA移籍した際の年俸は4年18億ウォン。1億ウォンどころか平均年俸4億ウォンと一気に跳ね上がり、2015年にはパク・ソクミン(NC)が4年96億ウォンを得るまでになっている。日本でもそうだったが、韓国でもFA制度によって“銭の戦争”が始まり、選手たちの所得格差も広がっているのである。

ちなみに1982年の平均年俸1215万ウォン。当時のソウルで30坪型マンションを購入しようとすると、その価格は2000万~3000万ウォン台だった。大卒会社員の初任給が年間200万ウォン程度だったことを考えると、プロ野球選手の年俸はかなり高いほうだったと言える。

現在、ソウルの30坪型マンションの価格は10億ウォン前後。大型FA契約を結んだ少数のスター選手たちは簡単に購入できるだろうが、ほとんどの選手は手も出せない。

それもまた、事実なのだ。

前へ

1 / 1

次へ

RELATION関連記事

デイリーランキングRANKING

世論調査Public Opinion

注目リサーチFeatured Research