「韓国はスパイをするのに最も都合の良い国」消えていない“北の工作”、捜査関係者たちの証言

2025年10月15日 社会 #時事ジャーナル
このエントリーをはてなブックマークに追加

「青瓦台(大統領府)をはじめとする主要統治機関に対する送電線網体系資料を入手し、これを麻痺させるための準備事業を予見性をもって整えていき、(中略)平沢(ピョンテク)埠頭の配置図のような機密資料を正常に収集・掌握し、有事に備えた準備を整えていくようにしたい」(2019年1月24日前後)

【注目】韓国に「興味がない」と金正恩の妹

「対北強硬派が訪韓する場合、集中的行動期間を設定し、会談場所や宿泊先の周辺、移動経路などで卵投げ、火刑式、星条旗引き裂き、包囲行進などの闘争を激しく繰り広げていく方法も研究し、実践していくことができるだろう」(2019年4月26日前後)

「選挙関連資料は、選挙をめぐる各派閥の動きや展望、選挙の成果的保障のための対処方案、総体的発展のための支社長の意見などを含めればよい」(2020年5月7日前後)

朝鮮半島の平和が語られていた時期、誰かは「南朝鮮の混乱」を望んでいた。

指令の発信者は対南工作機関である北朝鮮の文化交流局、受信者は元全国民主労働組合総連盟(民主労総)組織争議局長のソク某氏。彼は中国やカンボジアなど海外で北朝鮮工作員と接触していた。指示に従い、平沢の米軍基地や烏山(オサン)空軍基地内の軍事施設などを撮影したこともあった。

これは、「国民の力」のチュ・ジヌ議員室が入手した2025年5月15日付の水原高等裁判所・刑事合議2-3部(裁判長パク・グァンソ)判決文に明記されている内容だ。

国家情報院の「ブラック要員」(秘密要員)と警察の長期にわたる共助捜査の末に逮捕されたソク氏は、国家保安法違反(スパイ)などの容疑で2023年5月に起訴され、前述の罪状が認められて同年9月25日に最高裁で懲役9年6カ月、資格停止9年6カ月の判決が最終確定した。

北朝鮮
(写真=OSEN)

これは古いイデオロギーに囚われた個人の逸脱なのか、それとも巨大な工作の痕跡なのか。冷戦が終わって久しいが、見えない戦争は今も続いている。捜査当局の関係者たちは、口をそろえて「韓国はスパイが活動しやすい国になった」と語る。

いまやスパイは鉄条網を越えない。市民社会のオピニオンリーダーを媒介に世論を揺さぶり、AI(人工知能)やハッキング技術を武器に国家システムの隙を突く。スパイはどこで、どのように暗躍し、私たちの社会にどんな混乱を引き起こしているのか。

『時事ジャーナル』は、スパイ摘発作戦に関わった国家情報院や警察、国軍防諜司令部の元・現職捜査関係者らに会い、2025年の進化したスパイの実態を追跡した。

消えていない北の工作

スパイ(spy)、エージェント(agent)、諜者。時代や国によって呼び方は違っても、任務は同じだ。敵国の情報を探知し、内部を分裂させ、体制を混乱させる――見えざる兵器、それがスパイである。

韓国社会でのスパイ、特に北朝鮮の“南派スパイ”は、分断という現実が生んだ最も政治的で矛盾した存在だ。憲法上、北朝鮮は「敵国」ではなく「反国家団体」と規定されているからである。しかし、北朝鮮の指令を受けて動き、韓国社会の亀裂を狙う工作員たちは、いかなる敵国のスパイよりも韓国の安全保障を脅かしてきた。

実際、朝鮮半島は世界で最もスパイ活動が活発な舞台の一つとされる。

1949年の国軍内部浸透スパイ団事件を皮切りに、1950~60年代の曺奉岩(チョ・ボンアム)事件や東柏林(トンベクリム)事件は冷戦の緊張と時代の矛盾、悲劇を象徴した。1970年代には蔚珍・三陟(ウルチン・サムチョク)武装共産ゲリラ事件でイデオロギー対立が本格化し、1980年代には釜林(プリム)事件とイ・スグン亡命事件で政治と安保が入り混じる“公安の時代”が続いた。

1990年代以降は「一心会」や「王在山」事件でスパイ活動が地下組織型・ネットワーク型へと進化し、2010年代には李石基(イ・ソッキ)元統合進歩党議員が関与した「RO(革命組織)」事件がその流れの頂点となった。

表面上は静かに見えても、スパイ事件は今も続いている。ただし、かつてのように潜水艇で侵入したり、銃撃戦を行ったりするような大規模武装スパイ事件は姿を消した。冷戦終結とともに南北関係が対立一辺倒から脱し、直接的な侵入型工作は事実上不可能になった。情報技術の発展で監視と追跡が高度化したことも要因の一つだ。

しかし、目に見えないだけで、デジタル空間や社会ネットワークを通じた北朝鮮の密かな浸透は今も続いている。

『時事ジャーナル』が「国民の力」パク・ジュンテ議員室を通じて警察庁から入手した「国家保安法違反事件検挙現況(検察送致基準)」によると、最近5年間(2021~2025年9月)に国家保安法第4条「目的遂行」容疑で検挙された被疑者は14人に上る。

この条項は、北朝鮮など反国家団体の指令を受けて情報を収集したり、宣伝・扇動活動を行ったりする行為を処罰するもので、実質的には刑法上の「スパイ罪」に該当する主要条項だ。現行憲法体系上、北朝鮮は「敵国」ではなく「反国家団体」に分類されるため、捜査機関は刑法上のスパイ罪ではなく国家保安法第4条を適用する。つまり、北朝鮮の指示や工作を遂行して国家の存立・安全を脅かした者が「目的遂行容疑者」として分類されるわけだ。

さらに、北朝鮮の金日成(キム・イルソン)一家などを称賛・鼓舞する表現物を流布または所持した容疑(国家保安法違反・賛美扇動)、北朝鮮工作員とオンライン・オフラインで通信した容疑(会合通信)、北朝鮮へ密かに再入北しようとした容疑(脱出予備)などを含めると、過去5年間の国家保安法違反者は134人に達する。そのうち脱北民を含む韓国国民が132人、外国人は2人(アメリカ人1人、中国人1人)だ。

スパイを追う捜査官たちの「ジレンマ」

市民社会の一部からは、年間平均10件前後のスパイ事件検挙件数をもって、その深刻さを過度に誇張しているのではないかという指摘も出ている。

特に自由民主主義社会において、個人の「思想や理念」を法の物差しで裁き処罰することが正当なのか、国家保安法を維持すべきなのかをめぐって、議論は絶えない。さらに、過度な「対共捜査」の副作用を懸念する声も少なくない。

実際、軍部独裁時代に「対共捜査」という名目で不当な投獄生活を強いられた被害者は少なくない。昨年11月には、朴正煕(パク・チョンヒ)政権時代にスパイの濡れ衣を着せられた在日同胞の故・崔昌一(チェ・チャンイル)氏の遺族が刑事補償を受けた。崔氏は長期間にわたり違法な拘禁状態で、強圧的な取り調べを受けたことが確認されている。

それは遠い過去の話だけではない。2000年代に入ってからも、スパイ容疑者が裁判の過程で無罪を勝ち取る例は少なくない。いわゆる「ソウル市公務員スパイねつ造」事件が代表的だ。

2013年、検察は北朝鮮脱出者としてソウル市公務員として働いていたユ・ウソン氏を、脱北者200人余りの情報を北朝鮮に渡した容疑(国家保安法違反)などで逮捕・起訴した。しかし捜査の過程で、ユ氏を調べた国家情報院の職員が彼の妹に対して暴行や脅迫を行い、虚偽の自白を強要した疑惑が浮上。2年9カ月に及ぶ裁判の末、最高裁はユ氏の無罪を確定した。

2023年4月に国家保安法違反(スパイ)容疑で送致されていた民主労総傘下の幹部4人のうち、2人も最近、最高裁で無罪が確定した。国家情報院は異例の立場表明を通じて、「無罪が確定した当事者に遺憾と慰労の意を伝える」とし、「今後は一人の国民も不当な扱いを受けないよう、より一層慎重に取り組む」と明らかにした。

韓国
(写真=サーチコリアニュース編集部)

取材過程で出会った捜査当局関係者たちも、このような批判をよく理解していた。先輩や同僚の過ちを前に、ある捜査官は「何を言える立場でもない」と頭を下げたという。その後、対共捜査の透明性や、捜査官たちの人権感受性、合法的な証拠の重要性などが、捜査機関内部でもより強調されるようになったという。

しかし逆説的に、一部の関係者はこうも語る。「だから今の韓国はスパイをするのに最も都合の良い国になってしまった」と。思想の自由が工作の名分となり、開かれた行政情報が工作の素材となり、法治の名の下に保障された人権が工作の盾として利用されているというのだ。いわゆる「民主主義の逆説」が、スパイ捜査に直接的な制約として作用しているという。

「対共捜査は、その性質上、合法的でない資料(非合法情報)をもとに始まる場合が多い。だから捜査の着手から証拠収集、起訴に至るまで、すべての過程が非常に困難だ。スパイは陰で活動するが、裁判所は絶えず“陽の証拠”を求める。市民社会は“人権と思想の自由”を強調し、上層部は“政治的負担”を訴える。そのため、対共捜査は職員の間で『投入に比して成果と報酬が少ないレッドオーシャン』と呼ばれている。反対にスパイたちは、SNSや情報公開請求などを通じて、合法的に国内主要機関や人物の情報を得て、それを不法に悪用する動きを見せている」(警察安保捜査課・関係者A)

「対共捜査では秘密と隠密性が不可欠だが、韓国社会は監査・監督・情報公開などの制度的透明性が非常に強い。そのため、スパイの工作を事前に防ぐ“逆工作”が実質的に不可能だ。民主主義を守るための優れた制度が、逆説的に民主主義を破壊しようとするスパイ検挙の最大の制約になっている」(国家情報院元幹部)

国家情報院の対共捜査権が警察に移管された後、スパイ関連の情報と捜査の「つながり」が緩んでいるという指摘もある。

かつては情報収集から分析、スパイ捜査まで国家情報院の指揮下で一元的に行われていた。だが文在寅(ムン・ジェイン)政権時代、情報機関の権限乱用や政治介入論争を防ぐという名目で、2020年に「国家情報院法改正案」が通過し、構造が変わった。国家情報院は純粋な情報機関としての役割に限定され、対共捜査権は警察に移管された。

問題は、その後、スパイ捜査の「コントロールタワー」が曖昧になったことだ。対共捜査権を失った国家情報院は、いまも「ブラック要員」を通じてスパイ情報を収集しているが、警察との連携は円滑ではないというのが、内部で一致する見解だ。

「国家情報院や国軍防諜司令部は、生涯を通じて対共捜査を専門にしているので、スパイ捜査は一種の“キャリア”となる。特に国家情報院には、安全保障目的で通信傍受を担当する部署が別に存在する。一方で警察は、一生を通じて対共捜査だけを行うわけではない。いつでも他部署へ異動できる。だから国家情報院は、あえて警察に積極的に情報を共有しようとしない。情報員を共有するパートナーとして認めていないのだ」(警察安保捜査課・関係者B)

「スパイ事件は単発的な犯罪ではなく、長期的な情報戦だ。特に犯罪者は証拠を残すが、スパイは証拠を消すことを任務としている。だから情報と捜査が分離されると、全体像を読み取るのが難しくなる。警察と国家情報院の連携だけの問題ではない。最近は国家情報院内部にも見えない壁がある。情報員の露出問題などをめぐり、組織内で大小の摩擦が生じた。そうした出来事が積み重なり、情報分析などを担当する情報部門と、それらの協力が不可欠な捜査部門との距離が開いたのは、長年の問題だ」(国家情報院関係者)

「スパイ捜査の着手→検挙→送致」というすべての段階の難易度が高まっており、現在公表されているスパイ検挙件数は“氷山の一角”にすぎないという分析もある。ある警察関係者はこう語った。

「証拠を集め、容疑を立証するのに時間がかかるだけで、すでに内部で追跡中の“スパイ疑惑者”はかなりの数にのぼる。その中には名前が知られた社会的地位のある人物も含まれている」

そのようななか、最近、韓国政府が国軍防諜司令部の捜査機能を国防部調査本部へ、保安機能を国防情報本部へ移管する防諜司改編を推進していることについても、「安保の空白」を懸念する声が上がっている。ある元防諜司幹部はこう警鐘を鳴らした。

「防諜司は軍内部のスパイや諜者を追跡する唯一の組織だったが、捜査機能が分離されれば組織のアイデンティティそのものが崩れる。スパイ捜査は統合よりも分断が問題だ。情報・捜査・調査機能が別々に動けば、その間で証拠や文脈が失われてしまう」

デジタル戦場へと移ったスパイ活動

さらに大きな問題は、最近スパイの活動範囲がますます広がっているという点だ。捜査当局は、北朝鮮がAIとハッキング技術を融合させた「新たな工作」に集中していると分析している。

セキュリティ業界によると、北朝鮮のサイバー戦力はすでに「軍団級以上の水準」に達しており、金融ネットワークの麻痺や産業技術の窃取、世論操作に至るまで、全方位的な工作活動を展開している。

サイバーセキュリティ企業スティリアン(STEALIEN)のソン・ジュファン先制対応チーム長は次のように説明する。

「北朝鮮はChatGPTの“ジェイルブレイキング(jailbreaking)”手法で情報遮断装置を回避したり、ディープフェイクで音声や顔を偽造したりして信頼の体系を揺るがしている。報道機関やデータの汚染まで可能で、事実上“AIを逆利用した工作”が進行中だ」

彼はさらに「攻撃者は一つの経路さえ突破すればよいが、防御側はあらゆる可能性を封じなければならない。ハッカーが国家基盤施設の脆弱性を狙って麻痺させることは、ミサイルを一発撃つのと同じ効果をもたらす」と警告した。

実際、北朝鮮は最近に至るまで、企業向けSSL VPN(仮想専用網)、通信会社のサーバー、金融機関のシステムなど、信頼性の高いセキュリティインフラの隙を突いて侵入を試みているとされる。

問題は、韓国の防御体制がこうした「無形の戦争」に十分に対応できていない点にある。ソン・チーム長は「利便性を追求するほどセキュリティは緩くなる」とし、「政府は事故が起きてからようやく予算を投じ、企業は“ビジネスが優先”としてセキュリティを後回しにする慣行が繰り返されている」と語った。

国家情報院出身のユン・ボンハン東国大学国際情報保護大学院教授も「サイバー安全保障事件の追跡には国境を越えた協力が不可欠だが、現在の警察と国家情報院の双方とも、その機能を十分に果たせる構造にはなっていない」と指摘する。

サイバー工作と心理戦を同時に遂行する「ツートラック」戦略の中で、韓国社会はどんな教訓を得るべきか。そして、どう対応すべきか。

専門家たちは口をそろえて、単なる技術的な防御体制の強化だけでは対応が難しいと語る。政府レベルでは、情報と捜査機能の協力体制を再構築し、国際協力を通じた情報共有ネットワークを拡大するなど、構造的改善が必要だという指摘が出ている。

さらに、市民の安全保障意識や対共捜査に対する理解を高めることも重要だという声がある。北朝鮮の工作は、必ずしも技術や武器を使わなくても、私たちの日常生活、メディア、SNS、そして世論戦の形でも行われているからだ。

結局のところ、「安全保障の最後の防衛線」は警察でも国家情報院でもなく、国民自身の警戒心だという。スパイ摘発作戦を指揮したある警察関係者は次のように強調した。

「今の大韓民国国民の意識は高くなった。光化門のど真ん中で現政権を否定し社会主義を叫んでも、もう誰も驚かない。だが、それこそが“トリック”だ。スパイはもはや無表情の諜者ではない。微笑を浮かべた顔で、私たちの日常と意識に入り込んでくる。“スパイ”という言葉が聞き慣れなくなった今こそ、最も危険な瞬間なのかもしれない」

(記事提供=時事ジャーナル)

ロシア派兵で揺れる北朝鮮の“内部”…悲惨な末路を迎えた「2度のクーデター」の試み

「妄想であり白昼夢」と北朝鮮に一蹴されても…李在明の対北政策

「新たな核兵器に」北朝鮮ハッカー部隊の実体

前へ

1 / 1

次へ

RELATION関連記事

デイリーランキングRANKING

世論調査Public Opinion

注目リサーチFeatured Research