韓国の世界遺産エリアで、高齢者による売春が絶えないことをご存じだろうか。
問題となっているのは、ソウル市鍾路(チョンノ)区に位置する宗廟(チョンミョ)周辺。
朝鮮王朝歴代の王と王妃を祀った王家の霊廟で、1995年にユネスコ世界文化遺産に指定された建物だ。現在は、高齢者たちの憩いの場としても親しまれている。
以前にも紹介した通り、この宗廟の周辺で、50代以上に見える女性たちが、高齢男性に売春を持ちかけているという。
客に声をかける際、栄養ドリンク「バッカス」を差し出していることから、彼女たちは“バッカスおばさん”と呼ばれている。最近は売春婦が高齢化し、“バッカスおばあさん”も珍しくないらしい。
20年以上、売春を続けているという75歳の女性は、こう証言している。
「今は60代でも若い方。80代も、『バッカス』片手に大勢繰り出してるよ」
バッカスおばあさんの存在は1990年代ごろから知られてきた。2016年には“バッカスおばあさん”を主人公にした映画『バッカス・レディ』も公開されている。
ただ近年はその数が増えており、2013年から2016年の3年間で、全国の摘発件数が183件から603件と3倍以上に膨れ上がったというデータもある。
彼女たちの性ビジネスは、カナダのメディア『VICE』やシンガポールのチャンネル・ニュース・アジア(CNA)などが取り上げたこともあり、宗廟を訪れた外国人観光客にも認知されているという。
観光地のイメージダウンは避けられず、韓国ネット民も「外国でも放送されているなんて、恥ずかしい」「外国に発信されてしまったいま、高齢売春は根絶しなければ」などと嘆いていた。
そんなバッカスおばあさんは2018年、韓国で再び注目を集めていた。
きっかけは、7月に“韓国の2ちゃんねる”と呼ばれる「日刊(イルガン)ベスト貯蔵庫」(イルベ)に、あるユーザーがアップした写真だった。
このユーザーは「バッカスおばあさんと売春してきた」と書き込み、バッカスおばあさんとされる女性の裸の写真4枚を投稿したのだ。
その投稿はネット上で物議を醸し、投稿者は翌8月に警察に検挙されている。
警察の発表によれば、この投稿者は「関心を引きたくて写真を投稿した。本当に撮影した写真ではなく、他所から拾ってきた画像だ」と供述したという。
真偽は明らかになっていないが、いずれにしてもこの問題をきっかけに改めてバッカスおばあさんに関心が集まったのは間違いないだろう。
最近も、韓国メディア『韓国日報』が「無関心に蔑視…安全網がない“バッカスおばあさん”」と題した特集を組んでいた。
ただ、それは裏を返せば、現在もバッカスおばあさんたちの売春が現在も続いているということでもあるだろう。
なぜ、バッカスおばあさんたちが絶えないのか。
その一因には、韓国が「高齢社会」(高齢者人口の比率が14~21%)に突入したこともあるだろうが、それよりも深刻なのは高齢者の貧困だという。
韓国の65歳以上の相対的貧困率が2016年基準で43.7%に上る(韓国統計庁調査)なか、生活するために売春に手を出すしかないのが実情だという。
前出の『韓国日報』の記事では、70代の女性がこう語っている。
「売春で稼いだ金で、その日の夜ご飯のおかずを買うんだ。こんな歳になると、これから他の仕事を探すのも難しい」
ちなみに、彼女たちの収入は性交渉までこぎつけても2~3万ウォン(約2000~3000円)程度らしい。
こうした状況を改善すべく、取り締まりと処罰を強めるべきだとの声も聞かれるなか、警察も指導に力を入れているが、目の前の生活に困窮している彼女たちには効果が薄いようだ。
韓国老人相談センターのイ・ホソン所長は、バッカスおばあさんたちへの公的な支援が不可欠だと指摘している。
「基礎生活受給費(日本でいう生活保護)を受けられない高齢者たちは、社会の死角に隠れてしまっている。一般的な売春婦たちを対象にした自立支援活動も、高齢者たちにとっては何の意味も持たない」
2018年も物議を醸していたバッカスおばあさん。
宗廟が世界遺産の権威を取り戻すためにも、より根本的な対策が求められている。
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