11月2日夜、韓国を衝撃に陥れるニュースが報じられた。韓国に観光中だった日本人親子が、ソウル鍾路区(チョンノグ)の東大門(トンデムン)駅付近で30代男性の飲酒運転にはねられ、50代の母親が死亡するという「東大門日本人母娘惨変」事件だ。被害者が海外観光客であるという事実に加え、加害者が事故当時に焼酎を3本飲んだ状態だったという事実が韓国国民の怒りを買い、深刻な飲酒運転の実態に対する糾弾が続いた。
ただ、この事件が発生する約10日前の10月21日、ソウル龍山(ヨンサン)でやはり日本人観光客が被害者となったもう一つの交通事故は、相対的に大きく注目されなかった。
当時、20代の日本人夫婦と生後9カ月の赤ちゃんは、78歳のドライバーが運転するタクシーに乗車していた。ところが、ドライバーが起こした交通事故によって赤ちゃんが深刻な重体に陥り、事故発生から約1カ月後に死亡判定を受けた。
この事件は、韓国観光に来た日本人が韓国人ドライバーによって、ソウル都心のど真ん中で死亡に至る大きな事故に遭ったという点で、「東大門日本人母娘惨変」と似ている。にもかかわらず、なぜ東大門事件とこの事件に対するメディアと大衆の関心度に大きな差が生じたのだろうか。
東大門事件は「飲酒運転事故」、龍山事件は「高齢ドライバー事故」という違いがあった。龍山事故の被害者である日本人夫婦は、「東大門事件に比べて私たちの事件がなぜ注目されなかったのか正確な理由はわからないが、高齢ドライバーは飲酒運転並みに危険だということを韓国の人々に知ってほしい」と、本サイト提携メディア『時事ジャーナル』の取材に対して訴えた。
『時事ジャーナル』では東大門飲酒運転事故に隠れて相対的に大きく注目されなかった、高齢ドライバーによって大切な我が子を失う悲劇を経験した日本人夫婦に直接会い、話を聞いた。
『時事ジャーナル』は11月12日夕方、ソウル鍾路区所在のソウル大学病院で日本人夫婦に会った。当時、韓国国内メディアとの初めてのインタビューだった。
20代の若い夫婦は患者服を着ていた。妻は腰に保護帯を着用し、不便そうな体をなんとか支えているように見えた。妻と夫はそれぞれ全治12週間と10週間の骨折と診断され、病院に入院しており、当時は生後9カ月の赤ちゃんが重体に陥っている状態だった。
事故当時、妻は意識を失ったが、夫はすべての状況を覚えているという。
夫は「3車線のところで右に曲がったが、その時から突然(タクシー運転手A氏が)加速し始めた」とし、「事故になる直前まで道路が曲がりくねっていたにもかかわらずスピードを上げ、他の車を追い越し、最後にはスピードがあまりにも速くてハンドルが利かなかったのか、タイヤが滑ったのかわからないが、中央線を越えて衝突した後、近隣の公園へ突進した。気が付いたら“痛い”という感覚があった」と当時を思い返した。
夫婦は、乗車した直後からA氏の運転がかなり荒かったと主張した。A氏が龍山2街洞交差点で「割り込み」をした後、急加速をするかと思えば、前の車を追い越して走るのを見て「大丈夫かな」と心配が湧いたという。そのため、「韓国語が慣れていないので、英語でタクシー運転手に『ストップ、ブレーキ』と叫んで、スピードを落としてほしいという意思を伝えた」というのである。
ただ、夫と妻は「それでもタクシー運転手は聞いていないかのようで、反応なくそのまま運転を続けた」と語った。
事故が発生した後も、当のA氏は夫婦に対して別段の言葉がなかったという。本当の謝罪を望むと力を込めて語った夫は、「タクシー運転手が自分が犯した罪の重大さを知り、それに見合う処罰を受けてほしい」と取材陣に声を強めた。
インタビューが終わる頃、夫婦はぜひ伝えたいことがあると言った。
夫婦は11月2日、東大門駅付近で日本人観光客の母娘が飲酒運転にはねられて50代の母親が死亡した事件を想起した。そして、「この事件は韓国で大々的に報じられたと聞いている」とし、「飲酒運転事件だからそのように報道が出て、私たちは(飲酒運転事件では)ないので相対的に注目が少なかったのかはわからないが、高齢運転が飲酒運転と同じくらい危険だということを韓国の人々に知ってほしい」と伝えた。
そして特に、「加害者が78歳の高齢運転者である点に注目してほしい」とし、「運転は人の命を扱うことだという考えをしてみることを願う」と強調した。
A氏はインタビューが終わった後の11月14日になって、ようやく謝罪の意を伝えるために病院を訪れた。しかし、その5日後、生後9カ月の赤ちゃんはついにこの世を去った。
韓国でも高齢ドライバーによる事故は珍しいものではない。昨年7月、9人もの命を奪った「市庁駅逆走惨事」は韓国国民に大きな衝撃を与えた。事故を起こしたドライバーは当時69歳だった。
この事件以降、飲酒運転などに比べて注目されていなかった「高齢ドライバー事故」というキーワードが、徐々に世論の俎上に上がり始めた。
何より、日本人夫婦が事故に遭った後の最近にも、高齢ドライバー事故が相次いで起きている。
11月13日、67歳ドライバーの運転する1tトラックが、京畿道富川市梧亭区元宗洞(キョンギド・プチョンシ・オジョング・ウォンジョンドン)の第一伝統市場に突っ込んで4人が死亡、17人が重軽傷を負う大事故が起こった。
11月15日には、仁川(インチョン)広域市富平区(プピョング)で70代ドライバーが運転した乗用車が、歩道を歩いていた2歳の娘と30代の母親をはね、母親が重体に陥る事故が発生した。
これらの事故の共通点は高齢ドライバーの「ペダル誤操作」だ。より正確には、ドライバーがブレーキを踏んで速度を落とさなければならない状況で、アクセルペダルを踏んで事故が起きたということだ。日本人夫婦交通事故のタクシー運転手も、警察の調査で「ペダル誤操作」を認めた。
日本人夫婦の赤ちゃんの命を奪ったタクシー運転手A氏は、事故直後に行われた警察の調査で「急発進」を主張したが、その後陳述を変え、ペダルを誤操作して事故が起きたと話したことが伝えられた。この事件を捜査する龍山警察署は、赤ちゃんの死亡に伴い当該タクシー運転手の容疑を交通事故処理特例法上の致傷から致死に変更して捜査中だ。
昨年、市庁駅惨事を起こした60代B氏も事故後の裁判で「車両が急発進した」と主張し続けていたが、1審と2審はともに「急発進ではなくペダル誤操作」と判決した。1審は車両の加速・制動装置に機械的欠陥はなかったとして、B氏が当時ブレーキペダルではなくアクセルペダルを繰り返し踏んでは離し、歩行者たちをはねたと判断し、禁錮7年6カ月を宣告した。
以後、2審もB氏がペダル誤操作をしたと見たが、1審よりやや減った禁錮5年を宣告した。2審はB氏の犯罪を、一つの行為が複数の罪に該当する「想像的競合」に当たると見た。この場合、複数の罪の中で最も重い罪に該当する刑で処罰される。B氏に対する最高裁の判断は12月4日に出る予定だ。
富川第一市場突進事故も、60代運転者C氏がペダルを誤操作して発生した。調査の結果、事故当時C氏は約2mを後進した後、約130mを急に走ったことが確認されたが、警察が確保した事故車両内の「ペダルブラックボックス」映像には、運転者がブレーキではなくアクセルペダルを踏む姿が収められていた。
警察は防犯カメラ(CCTV)とペダルブラックボックス、被疑者供述など証拠を総合し、今回の事故を「ペダル誤操作」によるものと最終判断。11月21日にC氏を拘束送致した。
仁川富平区で30代母親を重体に陥らせた70代ドライバーは、警察の調査で「料金精算機から車が出ていったので慌ててしまい、失敗した」としてペダル誤操作を認めた。事故当時、心停止状態で病院に搬送された母親は脈が戻ったものの、まだ意識を取り戻せていないと伝えられた。
大林大学未来自動車学部のキム・ピルス教授は「ペダル誤操作は高齢ドライバーが機器の調整や判断能力が落ちて発生する場合が多い」とし、「高齢ドライバーの車両には古い車が多いが、既存に運行していた車に、中小企業で開発した認証されたペダル誤操作防止装置を取り付ける必要がある」と提言した。
韓国は高齢者人口比率が全人口の20%を超える「超高齢社会」だ。高齢化が今後さらに深化すると予想され、60代や70代はもちろん、80代の運転が珍しくなくなる可能性が高くなった。KRI保険研究院の研究によると、人口の高齢化に伴い、高齢ドライバーの免許所持者数は2050年までに2023年と比べて1.6~3.5倍増加すると分析された。
高齢ドライバーが多くなることで、自然と高齢ドライバーによる運転事故の割合も上昇した。
韓国消費者院が2024年12月に発表した「高齢運転者安全実態調査結果」報告書を見ると、韓国の交通事故発生件数は2020年の20万9654件から2023年の19万8296件へと年平均1.84%の推移で減少しているが、高齢ドライバーによる交通事故は、同期間3万1072件から3万9614件へと年平均8.43%の推移で増加している。すべての交通事故のうち、高齢ドライバーが起こした事故の割合も、同期間の14.8%から20.0%へと高まった。
消費者院は報告書で「高齢ドライバーは視力の弱化および神経体系・筋肉機能低下で反応速度が遅くなり、認知反応時間が非高齢ドライバーに比べ約20%長くなる」とし、「運転中の情報を取捨選択して処理する時間が増えるにつれ、道路上の突発状況への対応に脆弱だ」と分析した。
また、日本の交通事故総合分析センターの研究結果によると、年齢が高くなるほど反応速度と判断力、認知低下によってペダル誤操作のような運転操作ミスのリスクが大きくなると分析された。
実際、韓国国内で発生するペダル誤操作事故の4分の1は、高齢ドライバーによる事故であることがわかった。
韓国国内の保険会社の統計によると、65歳以上のドライバーのペダル誤操作事故は、全ペダル誤操作事故の25.7%に達する水準であった。また、国立科学捜査研究院(国科捜)に最近5年間で受理された車両急発進の疑いの通報364件中、321件(88.2%)がペダル誤操作だった。急発進を主張したドライバーの平均年齢は、高齢ドライバーの年齢帯である65歳に近い64歳であることが示された。
高齢ドライバーの運転事故で最も懸念されるのは死亡率が高い点だ。
統計庁によると、過去5年間で最も多くの交通事故を起こしたドライバーの年齢帯は60代以上ではなく50代だ。しかし、消費者院の分析によると、高齢ドライバーの交通事故は年齢が高くなるほど事故件数が減少するが、死亡者が発生した交通事故の割合(致死率)が上昇し、深刻度が高くなる傾向を見せた。
2023年の高齢ドライバー交通事故分析結果で最も多くの交通事故を誘発した年齢帯は65~69歳(1万9104件、48.2%)で、年齢が上がるほど全体の事故件数は減少した。ただし、交通事故100件当たりの死亡者数を示す致死率は年齢が高くなるほどともに上昇し、65~69歳では1.6%だが、85歳以上では4.6%に高まった。
韓国政府は高齢ドライバーの交通安全確保のため、適性検査の強化や免許の自主的な返納、ペダル誤操作防止装置の設置義務化などを推進している。政府は2019年から75歳以上のドライバーに対し、免許の種別に関係なく運転免許の更新時2時間の交通安全教育を義務的に履修するようにした。
適性検査は運転免許取得後、安全運転に障害となる身体障害または精神疾患が発生した人を対象に運転適性を検証し、運転免許維持可否を決定する制度だ。高齢ドライバーの交通安全教育履修過程で認知症診断を受けた場合には、随時適性検査対象者に編入される。
ただ、専門家たちはこうした政策の効果が実効的ではないと見ている。それもそのはず、2024年12月にはソウル陽川区(ヤンチョング)で、薬を服用していない70代の認知症患者が車を運転し、1人を死亡させ、12人を負傷させる事故が発生。政府の制度が正しく作動していないという論争が起きた。
ドライバーは事故を起こす2年前に認知症と診断されていたにもかかわらず、運転を続けていたことが知られた。これについてキム・ピルス教授は「現在、一定の年齢以上は認知症検査をするにはするが、ここで上手くふるい落とされない」とし「医療記録連動を通じて自動的にふるい落とすようにしなければならない」と提言した。
免許の自主返納に対してはインセンティブを提供しているが、免許返納が現実的に難しいと吐露する高齢ドライバーが多いのも現実だ。首都圏ではバスや地下鉄など公共交通を通じた移動が比較的容易だが、非首都圏地域では公共交通利用が容易でないのが事実だ。忠清南道(チュンチョンナムド)に居住する77歳の高齢ドライバーD氏は、「地下鉄はなく、バスは配車間隔が長いのに運転をできないのであれば、どう移動しろというのか」と吐露した。
また、国土交通部が2029年から新車にペダル誤操作防止装置を装着すると発表したが、専門家たちは首を横に振っている。
キム・ピルス教授は「新車は10年後になればようやく肌で感じることができるが、すでにその頃には国際社会で義務化装置として入るためあまり意味がない。見せかけ用だ」とし、「新車ではなく、既存車に対してはペダル誤操作装置義務化をすることはできない」と語った。
交通安全研究教育院のパク・サングォン院長は、「高齢ドライバーの中でも特に交通法規違反が多い場合は、身体認知能力低下の可能性があるため、多角的に危険群を絞り出し管理する必要がある」と付け加えた。
(記事提供=時事ジャーナル)
前へ
次へ