人事はメッセージだ。特に大統領が断行する人事は、それ自体が国民に送るメッセージだ。
韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領がこれまでに起用してきた人事の顔ぶれを見ると、「李在明式人事」の核心キーワードはやはり「実用」である。
李在明大統領は、地域・性別・出身大学などを考慮してきた従来の人事慣行から脱却し、政策現場に精通した専門家や象徴性のある人物を多数抜擢している。「成果優先主義」という実用的な哲学に基づき、小さな論争よりも李在明政権が目指す主要な改革課題を達成することに重点を置いているとの評価だ。
6月29日に任命されたポン・ウク(60歳、司法研修院19期)大統領室民情首席秘書官の指名は、李在明大統領の「黒猫白猫論」的な実用主義人事の象徴的な例と評価されている。
ポン・ウク首席は検察で主要ポストを歴任した人物だが、直前までキム&チャン法律事務所で活動していたことから、民主党内外で「はたして検察改革にふさわしい人事なのか」という指摘もあった。検察出身であるため、強い検察改革に消極的なのではという主張も出ていた。
以前、借名財産疑惑で辞任したオ・グァンス前民情首席も、検察出身で同様の批判を受けていた。
しかし李在明大統領は、改革にはその組織を熟知した官僚出身者が必要だという人事哲学を貫いた。検察をよく知る人物こそが検察改革を最もよく実現できるという李在明大統領の考えが反映された結果と分析されている。
以前、文在寅(ムン・ジェイン)政権が検察改革で法曹界外・非検察出身者を重用した結果、困難を経験したことも反映されているとみられる。
ポン・ウク新民情首席は、企画型の検察官と評価されている。2008年にソウル中央地検金融・租税調査第1部部長、2009年に大検察庁公安企画官など、特捜・公安部門を横断的に担当してきた。ただ、検察内外では法務部企画調整室長、大検政策企画課長などを務め、政策・企画能力が特に高く評価されている。
ソウル生まれで、汝矣島高校、ソウル大法学科を卒業。金大中(キム・デジュン)政権時代には青瓦台民情首席室に派遣勤務し、文在寅政権時代には検察総長候補にも名前が挙がった。当時のライバルは尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領だった。
2019年、尹錫悦がソウル中央地検長から検察総長に任命されると、当時大検次長だったポン・ウク首席は検察を退職。その後、個人事務所を開いて弁護士活動を行い、2022年10月から直前まではキム&チャン法律事務所に在籍していた。検察内外で「合理的な性格」と評価されている。
「李在明式の牽制と均衡」の人事をよく示しているのが、産業通商資源部長官候補に指名されたキム・ジョングァン斗山エナビリティ・マーケティング部門長社長だ。
行政考試(国家公務員試験)第36回合格者で、企画財政部で総合政策課長、経済分析課長など主要ポストを歴任し、政策ラインの「エース」と評価されていた人物だ。
キム・ジョングァン候補は、斗山エナビリティのマーケティング部門長社長として、グループの主力事業である原発受注で大きな役割を果たしたと評価されている。この点を考慮すると、李在明大統領はAIの核心的役割を担うエネルギー政策において、再生可能エネルギーと原発のどちらか一方に偏るのではなく、「エネルギーミックス」に重きを置いているとみられる。
李在明大統領は以前、環境部長官に「再生エネルギー派」とされる「共に民主党」キム・ソンファン議員を任命した。キム・ソンファン候補は「AI三大強国への跳躍」という新政府の核心国政課題の遂行において、増加するエネルギー需要を原発ではなく、風力や太陽光など再生可能エネルギーで補う立場を取っている。
李在明大統領は外交・安保ラインの編成時にも、「牽制と均衡」の原理を重視した。
代表的な「自主派」とされる北朝鮮専門家のイ・ジョンソク国家情報院長と、「同盟派」とされるアメリカ専門家のウィ・ソンラク国家安保室長を同時に起用し、実用主義の中で二兎を追い、相互牽制を図ったという評価を受けた。
李在明大統領が内閣人事で送ったもう一つのメッセージは、「スピード」と「安定感」だとの分析がある。
この日までに発表した主要閣僚人事を見ると、経済ラインを除く他の分野では現役の政治家を多く起用し、「サプライズ抜擢」より「安定性」に重きを置いている。
この日、法務部長官と行政安全部長官には、それぞれ「共に民主党」のチョン・ソンホ議員とユン・ホジュン議員が指名された。
これに先立ち李在明大統領は、チョン・ドンヨン(統一部)、アン・ギュベク(国防部)、キム・ソンファン(環境部)、チョン・ジェス(海洋水産部)、カン・ソンウ(女性家族部)候補をはじめ、前職議員のクォン・オウル国家報勲処長官候補など、政治家出身を多く起用した。
こうした政治家重用には、長年近くで意思疎通を図ってきたため、李在明大統領の国政哲学を誰よりも理解し、「成果中心」と「改革スピード」という李大統領の要求を迅速に実行できるとともに、政治家特有の仕事掌握力で内閣に安定感をもたらすという狙いが反映されていると評価されている。加えて、現役議員は国会の人事聴聞会で落選した例がないという点も考慮されたようだ。
安定感を与える人事としては、すぐに実務に入れるチョン・ドンヨン統一部長官候補とチョ・ヒョン外交部長官候補も挙げられる。
チョン・ドンヨン候補は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代、統一部長官として北朝鮮を訪問し、当時の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長と面会、開城工業団地事業を推進するなど、対北問題に関して豊富な経験を持つと評価されている。チョ・ヒョン候補についても、文在寅政権の最後の駐ニューヨーク国連代表部大使として関税や防衛費協議など、現在山積する対米外交を含む国際外交の現場にすぐ投入できるとの評価がある。
李在明大統領は、内閣に現役議員を多く配置しながらも「革新」と「蕩平(党派を問わず公平に人材を登用すること)」というキーワードも意識している姿が見える。
大統領直属の地方時代委員長に、前回大統領選で自らと競い合ったキム・ギョンス前慶尚南道知事を起用したのは、代表的な「蕩平人事」だと評価される。
国家報勲部長官にはハンナラ党(国民の力の前身)出身のクォン・オウル元議員を指名し、農食品部長官のソン・ミリョンを留任させたのも、蕩平策の一環と解釈される。李大統領はこの日、オ・ユギョン食品医薬品安全処長の留任も決めた。
「革新人事」の代表例としては、国防部長官候補に任命された「共に民主党」アン・ギュベク議員が挙げられる。アン・ギュベク議員が国会人事聴聞会を通過すれば、5・16軍事クーデター以降、64年ぶりに文民国防長官が誕生することになる。
文民国防長官は盧武鉉・文在寅政権でも推進されたが実現しなかった課題で、この64年間、国防長官はすべて将官出身者だけが任命されてきた。
李在明大統領が文民国防長官を任命することで、「国防政策は大統領と長官が指揮し、軍は専門性でこれを支える」という「文民統制」の本来の姿を回復しようというメッセージを伝えようとしているとの分析も出ている。
(記事提供=時事ジャーナル)
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