「大谷級だった韓国野球選手」とは…大卒で巨人入団も悲劇の人生

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大谷翔平関連のニュースが後を絶たない。

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韓国でのメジャー開幕戦をはじめ、妻公開、そして昨日は通訳・水原一平の賭博事件など、話題に事欠かない。

そんななか、韓国のオンラインコミュニティで、“あるスレッド”が立てられた。

そのスレッドは「フィジカルは大谷級だった韓国野球選手」と題され、ある韓国人選手のことを紹介している。

彼の名はチョ・ソンミンさん。大谷翔平と同等の肉体を持つと評された彼だが、一体どんな選手だったのだろうか。

大谷翔平
大谷翔平

まずは高校時代に遡る。チョ・ソンミンさんは150km近い速球、フォークやシンカーなどの変化球を武器に、高校時代から“怪物”と呼ばれていた。高校3年生だった1991年には、シンイル高校を鳳凰大旗(ポンファンテギ)全国野球大会(日本でいう甲子園)と、黄金獅子旗(ファングムサジャギ)全国高校野球大会の2冠に導いたことで、広く知られることとなった。

その後、高麗(コリョ)大学へと進学し、1996年に日本の読売ジャイアンツと入団。その契約期間は、なんと8年という長期契約だった。これだけで、巨人の期待が、どれほど大きかったのか伺えるだろう。

チョ・ソンミンさんの悲しき人生…

入団後、2年目に11セーブをあげると、1998年には先発へと転向して3度の完封を含む6度の完投勝利を記録するなど、日本球界の盟主でも実力を遺憾なく発揮。エースの座を掴みかけたが、同年7月23日に行われたオールスター戦で靭帯が切れる深刻な肘の怪我を負い、雲行きが怪しくなってしまったのだ。

一方、プライベートでは2000年7月に5歳年上の女優チェ・ジンシルさんと電撃入籍。チェ・ジンシルさんは当時のトップ女優だったことから、“世紀の結婚”と韓国では大きな話題となった。その後、2001年8月に男児を授かっている。

しかし、それからわずか1年後、チョ・ソンミンさんは記者会見を開いて離婚を訴えた。青天の霹靂だったが、当時2人目の子供を授かったチェ・ジンシルさんに対してチョ・ソンミンさんは、暴行を働いていたことが後に明らかになっている。

その後も負の連鎖は止まらなかった。2002年に巨人から退団し、韓国で実業家に転身するも経営難に。プロ野球選手として再起を宣言するが、どの球団からも相手にされなかった。

チョ・ソンミン
巨人時代のチョ・ソンミンさん

その間、別居中だったチェ・ジンシルさんの家で暴力沙汰を起して警察に連行されるという事件もあった。

そして2004年に離婚が成立すると、チョ・ソンミンさんは韓国球界に選手として復帰。だが、かつての輝きは取り戻せず、2007年にひっそりと引退したのだった。

しかし、彼の悲劇はこれだけにとどまらない。2008年10月に元妻となったチェ・ジンシルさんが“極端な選択”に踏み切り、この世を去った。

絶大な人気を誇っていたトップ女優の悲報に、DVを働いていた元夫にもあるとして批判が殺到。連鎖は続き、ともに事業をともに展開した義弟も自らこの世を去り、チョ・ソンミンさん自身も2013年1月に人生の幕を下ろした。享年39歳。

妻への暴行など、決して褒められた人生を送ったわけではないが、野球選手としては確かな実力を持っていたチョ・ソンミンさん。スレッドのタイトル通り、身長194cmと大谷翔平に引けを取らないフィジカルを持っていたことから、不運な怪我もなく、不祥事も起こしていなければ、野球史に名を残す名プレーヤーとなっていたかもしれない。

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