現在の韓国には「4人の大統領」がいる。
国会による弾劾で職務が停止された現職大統領(尹錫悦=ユン・ソンニョル)、その職務を代行していたが弾劾された「大統領権限代行」(ハン・ドクス総理)、その後に職務を引き継いだ「代行の代行」(チェ・サンモク副総理)、そして「国会の大統領」と呼ばれる最大野党「共に民主党」の代表(李在明=イ・ジェミョン)だ。
まるで古代ローマの寡頭政治のように、不自然で不安定な4人の共同大統領体制だ。
このなかで最も強力な権力者は間違いなく「国会の大統領」こと李在明代表だろう。彼は意図すれば、尹錫悦、ハン・ドクス、チェ・サンモクをはじめ、誰であれ「弾劾の剣」で排除することができる圧倒的な権力を握っている。
世間では「帝王的野党代表のギロチン政治」という過激な表現まで飛び交っている。2025年の新年、李在明の権力はどこまで正当化されるのだろうか。
李在明の権力は、2022年3月の大統領選挙以降、3つの大きなトンネルを通過しながら拡大し、強固なものとなった。
まず、尹錫悦政権発足前から嵐のように押し進めた事実上の大統領選挙不服運動と、政権与党に対する強硬な攻勢が第一のトンネルだ。2023年4月の総選挙で確立した親李在明派による一極体制が第二のトンネルだ。そして昨年秋以降、政府高官を無差別に次々と弾劾してきたことが第三のトンネルといえる。
つまり、李在明代表は過去2年7カ月間、波状攻勢、総選挙勝利、弾劾シリーズという3つのトンネルを通過しながら「帝王的党代表」として君臨してきた。
そして尹大統領の最悪の自滅行為である「12・3戒厳令発布」を弾劾で収拾した後は、もはや怖いものがなくなった。当然、尹大統領の意思疎通不足や無能な統治が原因を提供した側面はあるものの、国政の主導権を握った以上、李代表はもはや「権力の被害者」ではなく「権力の加害者」となる可能性があることを直視すべきだ。
李在明代表が権力の頂点にいることを象徴的に示したのが「ハン・ドクス弾劾」だ。ハン代行は、内乱特検法およびキム・ゴンヒ大統領夫人特検法、つまり「二重特検法」に拒否権を行使し、さらに憲法裁判官3人の任命を拒否するなど「尹錫悦のアバター」としての役割を果たしたため、野党の攻勢を免れなかった。
さらに、ハン代行の妻が美術大学出身の占術専門家であり、キム・ゴンヒ夫人と以前から親しい間柄だったというパク・ジウォン議員の暴露も弾劾の隠れた理由だったという話が流れている。それにもかかわらず、李代表がハン・ドクス弾劾を急ぎ強行した姿には「傲慢な権力者」の影が見える。
李代表は昨年12月27日の記者会見に続き、1月1日に務安(ムアン)国際空港の惨事現場を訪問した際にも「尹錫悦を罷免してその支持勢力を根絶し、内乱勢力を完全に鎮圧するために力を総結集しよう」というメッセージを発した。
内乱鎮圧軍の総司令官を自任した李代表は、対国民談話で「内乱首謀者の親衛隊」「内乱の跳梁」「反乱勢力の醜悪な妄想」といった強い表現を総動員した。
李代表と「共に民主党」にとって、ハン・ドクス弾劾が避けられなかったとしても、尹大統領の弾劾からわずか2週間しか経っておらず、国政が事実上麻痺している状況で、多分に政略的で性急な弾劾を強行したことは批判を免れないだろう。
各国の海外メディアは、戒厳令の違憲性や違法性を批判しつつも、大統領と総理の両方を弾劾した韓国政治の後進性と無責任さについて、辛辣な評価を下した。国内メディアも「李在明代表が国政も国民生活も顧みず、ただ自身の司法リスクからの脱出と早期大統領選、大権への執着に没頭しているのではないか」という懸念を示した。
ハン・ドクス弾劾直後に「共に民主党」の支持率が低下すると、一部のメディアは「民主党に逆風、国民の力に追い風」と報じた。さらに「共に民主党」内部でチェ・サンモク弾劾説まで浮上したことで、「巨大野党の弾劾中毒論」が批判の的となった。
実際、「共に民主党」が懸念すべきはチェ・サンモク代行の弾劾ではなく、彼の自主的な辞任だ。チェ代行は、自らが憲法裁判官2人を任命したことについて、内閣や大統領府の側近から辞任圧力を受け、自主辞任の可能性を示唆している。
現在のような国家的混乱、非常事態の中でチェ代行までもが辞任または弾劾されれば、国際的な恥辱だけでなく、経済や国民生活の悪化、さらにはチェジュ航空機惨事のような災害への対応を指揮するコントロールタワーまでもが崩壊するだろう。
これまで「共に民主党」は、野党側の192議席という巨大な勢力と尹錫悦政権の失政をテコに与党との闘争を展開する過程で、数々の無理を強行してきた。
特に29回にも及ぶ弾劾攻勢のなかで、放送通信委員長の3回の連続弾劾、さらには監査院長やソウル中央地検長の弾劾などは、力ずくで押し通す軍事作戦式の暴挙だとの批判を受けた。
さらに、前例のない政府予算案の一方的処理や、国家情報院・検察など主要機関の特別活動費全額削減は「やりすぎだ」と指摘された。ハン・ドクス代行は弾劾直後、「野党が合理的な反論ではなく、29回も弾劾で答えたのは次世代のために残念なことだ」と痛烈なコメントを残した。
大邱(テグ)市のホン・ジュンピョ市長は「国民に委任された権力を自制できず暴走すれば、国家的混乱を招く」と警告し、宗教界の長老であるイ・ヨンフン純福音教会牧師は「まるで政権を掌握したかのように傲慢になっている」と批判した。
李代表と「共に民主党」は、こうした警告を真摯に受け止めなければ、民意の逆風を避けることはできないだろう。
李在明代表がますます独断専行の道に陥っている理由は、3つあると考えられる。
最大の理由は、彼自身の「司法リスク」への不安だ。公職選挙法違反および偽証教唆の裁判で最高裁の判決が出る前に大統領選を行いたいという焦りが、強硬な行動を促している。
第2の理由は、戒厳令発動による世論と名分に対する優越感だ。尹大統領が戒厳令という最悪の手を打った以上、「共に民主党」がどのような行動を取っても国民が容認してくれるという確証バイアスに囚われている可能性がある。
第3の理由は、李代表の高い次期大統領候補支持率だ。最近の各種世論調査で李代表は30~40%台で圧倒的な1位を走っており、ホン・ジュンピョ、オ・セフン、アン・チョルス、キム・ドンヨンなど与野党の候補者たちが一桁台にとどまる中で、李代表の自信と慢心が無意識に混ざり合い表出しているのではないだろうか。
新年の国会で、いわゆる「二重特検法」が通過し、ミョン・テギュンゲートの蓋が開けば、「李在明優勢論」はさらに広がる可能性がある。
このような時こそ、李代表は「勝者の呪い」を念頭に置くべきだ。ロバート・グリーンは『権力の法則』のなかで「権力にはリズムとパターンがある。成功に酔った勝者は慢心し、感情に流されがちであるため、自ら強い自己抑制力を発揮しなければならない」と強調している。
こう考えると、帝王的大統領制の弊害に劣らず、帝王的野党代表の弊害も深刻であるように思える。もし憲法改正で大統領の過剰な権限を縮小すべきだというなら、党憲・党規を改定して野党代表の過剰な権限も縮小すべきだという論理も成り立つのではないだろうか。
弾劾の乱発のような過剰権力がその一例だ。大統領であれ野党代表であれ、権力が過剰であれば、自分自身にも国民にも決して望ましいことではない。権力はたしかに「過ぎたるは及ばざるが如し」だ。
(記事提供=時事ジャーナル)
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