「悪行を繰り返してきた亡国の元凶である反国家勢力を必ず粛清する」
【注目】野党だけでは“8票”足らない…ユン大統領の弾劾方法とは?
12月3日22時25分頃、ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は「非常戒厳」を宣言し、このように述べた。
彼は「未来世代に正しい国を引き継ぐためのやむを得ない措置」とし、「できるだけ早い時間内に反国家勢力を粛清し、国家を正常化させる」と明らかにした。
しかし、国会は非常戒厳宣言からわずか2時間30分余り後の12月4日未明、出席議員190人全員の賛成で戒厳解除要求案が可決された。韓国近現代史の「1ページ」は、このように劇的でありながらも虚しくめくられたのだ。
こうしてユン大統領は政治的な瀬戸際に立たされた。野党はこれまで鞘に収めていた「弾劾」という剣を抜き、龍山(ヨンサン=大統領府)との全面戦争を宣言した。
先頭には最大野党である「共に民主党」のイ・ジェミョン代表が立った。情勢はイ代表に有利だ。結束した党内支持に加え、怒れる民心までもが後押しする様相といえる。
そしてその間、与党「国民の力」のハン・ドンフン代表は「弾劾の損益計算機」を忙しく叩いている。今や政治圏の関心は、ユン大統領が「最後まで任期を全うできるか」に移り始めた。
ユン大統領にとって「非常戒厳」はハイリスク・ハイリターンの危険な賭けだった。
ユン大統領の戒厳宣言文によると、彼が狙った「リターン」は単純だった。「非常戒厳の宣言→反政府人物の緊急逮捕→軍事裁判による処断→国家の正常化」という単純なシナリオが、ユン大統領の描いた未来だったのだ。
問題は、①「与小野大」(大統領の所属する政権を担う与党のほうが野党よりも議席の少ない状況)の状況下で戒厳解除権限を持つ国会をどう封じ込めるか、②その過程で軍事力をどこまで行使するか、③与党と国民をどう説得するかという難題に対して妙案を見つけられないまま、「非常戒厳」を強行した点だ。
結局、ユン大統領の賭けは何の利益もなく、莫大な賭け金だけを失って終わった。政治圏では戒厳令の失敗により、ユン大統領が「政治的破産」状態に陥ったという診断が出ている。
彼が失った多くの資産の中で、最も痛手となるのは「味方の壊滅」だろう。ユン大統領は任期初期から頻繁な人事を行わなかった。ユン大統領と共に任期をスタートしたハン・ドクス国務総理が引き続き彼のそばにおり、行政安全部のイ・サンミン長官は「弾劾」の危機にも職を辞さなかった。
人材のプールの限界から「使い回し」「回転ドア人事」という批判が続いたが、ユン大統領は気にしなかった。大統領室は8月に安全保障ライン3人の同時人事を断行し、当時mキム・ヨンヒョン大統領警護処長が国防部長官に、シン・ウォンシク国防部長官は国家安保室長に、チャン・ホジン安保室長は7カ月ぶりに外交安保特補に異動した。
ユン大統領は今回の戒厳事態で、この「忠臣」の大半を失う危機に直面した。当面、非常戒厳を直接設計・建議したとされるキム・ヨンヒョン国防部長官が戒厳解除後に職を辞した。
キム前長官はユン大統領の中学校の1年先輩であり、2022年3月のユン大統領の当選後に大統領職引継ぎ、委員会で青瓦台移転タスクフォース(TF)副チーム長を務めた最側近だ。ユン・ソンニョル政権の実力者だったが、今回の非常戒厳事態で「内乱罪容疑者」として追い詰められることになった。
ハン・ドクス総理をはじめとする彼の核心参謀たちも、次々と辞職する可能性が取り沙汰されている。
すでに非常戒厳が解除された12月4日、チョン・ジンソク大統領秘書室長、シン・ウォンシク国家安保室長、ソン・テユン政策室長の3室長と、首席秘書官以上の高位参謀陣が一括して辞意を表明した。
同日、国務委員全員もハン総理に辞意を伝えたことが確認された。ハン総理は「国家的に厳しい状況下で、民生安定のために国政を安定的に管理することが内閣の義務」として長官たちの辞意を受け入れず、職を維持している。
しかし野党だけでなく、与党内でも「大規模な内閣改造」は避けられないという意見が広がっている。特に今回の非常戒厳に反対の意思を示した長官が少なくなかったことから、ユン大統領に対する参謀たちの信頼が以前のようではないという見方も出ている。
核心参謀たちの離脱が可視化されるなか、政府が懸念していたいわゆる「職業公務員リスク」も深刻化するものと見られる。
大統領室の指示に迅速に対応しない「職業公務員中心の考え方」のせいで大統領選挙の公約が適切に実行されていないというのが、これまで大統領室が示してきた認識だった。国務調整室はこれを正すために4月22日から5月10日までの3週間、世宗(セジョン)市の政府部処および所属機関を中心に「公職規律特別点検」を実施した。
しかし、今回の非常戒厳でユン大統領が危機に追い込まれたことで、官庁では大統領室の省庁掌握力がさらに弱まるという見通しが出ている。
匿名を要求した企画財政部の関係者は「予算を管理する立場から大統領室と衝突が避けられないときがあるが、そのたびに大統領室は『国民のために』と言う」とし、「非常戒厳も同じ名分ではなかったのか。今後『大統領』の言葉に力が及ばなくなるだろう」と語った。
ユン大統領が国民、ひいては広範な保守層の「逆鱗」に触れたという見方もある。
非常戒厳は60代以上の有権者には軍部独裁の痛ましい歴史を想起させる記憶の引き金であり、「実用」に敏感な中道・首都圏・青年層の有権者には「経済」を脅かす悪材料と見なされる。結局、「従北勢力の処断」に賛成する極右性向の有権者を除けば、非常戒厳事態でユン大統領に背を向ける有権者が圧倒的と考えられる。
怒れる民心は、数字が証明している。
12月5日、リアルメーターが非常戒厳事態に関連してユン大統領の「弾劾」の賛否を調査した結果、「賛成する」という回答が73.6%(非常に賛成65.8%、賛成するほうだ7.7%)に達した。「反対する」という回答は24.0%(非常に反対15.0%、反対するほうだ8.9%)にとどまった。
保守傾向の強いTK(大邱・慶尚北道)をはじめ、全国ほとんどの地域で「弾劾賛成」の割合が圧倒的だった。地域別で見ると、光州・全羅で賛成が79.3%と最も高かった。次いで、仁川・京畿(77.3%)、大田・忠清・世宗(74.0%)、釜山・蔚山・慶尚南道(72.9%)、ソウル(68.9%)、大邱・慶尚北道(66.2%)の順だ。
年齢別では、18~29歳(86.8%)、40代(85.3%)、50代(76.4%)、30代(72.3%)、60代(62.1%)、70歳以上(56.8%)と、全世代で賛成世論が優勢だった。
非常戒厳事態が内乱罪に「該当する」と答えた回答は69.5%に達した。反対に「該当しない」と答えた回答は24.9%だ。
地域別では、光州・全羅(78.2%)、仁川・京畿(73.5%)、大邱・慶尚北道(70.5%)、大田・世宗・忠清(64.4%)、釜山・蔚山・慶尚南道(64.3%)、ソウル(62.7%)の順で、内乱罪に該当するという意見が多かった。年齢別では、18~29歳(85.1%)、40代(85.1%)、50代(73.2%)、30代(64.7%)、60代(56.9%)、70歳以上(48.8%)の順で、内乱罪に該当するとの意見が多数を占めていた。
与党内部では、ユン大統領の支持率が「パク・クネ(朴槿恵)元大統領の弾劾政局」の水準まで急落する可能性があるという懸念が広がっている。
2016年12月9日、パク・クネ元大統領の弾劾案の採決直前の最後の世論調査で、パク元大統領の支持率は5%を記録した。また、国民の81%がパク元大統領の弾劾に賛成していることが示された。
非常戒厳の直前までユン大統領の支持率は20%台で推移していたが、戒厳の影響で支持率が一桁台を記録するようであれば、国政の動力が麻痺する「心理的弾劾状態」に至るという分析が出ている。インサイトKのペ・ジョンチャン研究所長は「支持率が25%未満に下がると国政の動力は失われ、麻痺状態に陥る。低い支持率では、大統領が国政課題を円滑に推進することは現実的に不可能だ」と憂慮を示した。
「行政権力」が揺らぎ、「立法権力」を掌握する野党の力はさらに強まった。確固たる党内支持に加え、怒れる民心までも味方にしたイ・ジェミョン代表は、名実共に「汝矣島(ヨウィド=国会)の大統領」となった様子だ。
ユン大統領の非常戒厳が失敗に終わったことで、彼の政敵であるイ・ジェミョン代表は次期大統領選挙の構図において最も有利な立場に立ったと分析されている。イ代表は非常戒厳の直前まで、次期大統領候補の中で最も高い支持を得ていた。しかし、彼を取り巻く「司法リスク」、これによる「防弾(免責)論争」のため、ユン大統領に対する「弾劾」を声高に叫ぶことはできなかった。
しかし非常戒厳の失敗により、イ代表がより積極的に「弾劾」や「早期大統領選挙」を狙う名分を得たとの評価が出ている。
政治評論家のパク・サンビョン氏は、「来年初めに予定されている選挙法控訴審がイ代表にとっても重要な局面となるだろう。当選無効の判決が下れば、候補者交代論が出る可能性もある状況だった」とし、「しかし非常戒厳後はイ代表を中心に共に民主党がより結束するだろう。司法部もイ代表に対して、より負担を感じる可能性がある。イ代表の立場では、以前よりも政治的状況が好転したといえる」と診断した。
結局、ユン大統領の運命を左右する鍵は与党が握っている。与党は大統領を守る最後の砦とみなされる。弾劾を推進する力はないが、阻止する力が与党にあるからだ。野党の弾劾攻勢と怒れる民心の前で、与党がユン大統領を守るのか、切り捨てるのかによって、政局は揺れ動くほかない。
当初、与党は「大統領と別れる覚悟」をしたように見えた。
「国民の力」ハン・ドンフン代表は、非常戒厳宣言から解除案が可決される過程で「違憲・違法な戒厳宣言」「自由民主主義を必ず守り、国民と共に間違った戒厳宣言を必ず阻止する」などとし、ユン大統領に対して批判の声を高めた。
刷新を強調しながらハン代表を支持した国民の力の議員18人は、戒厳解除案に賛成票を投じた。
しかしハン代表の態度は微妙に変わった。彼は「大統領脱党」の必要性には共感しつつも、「大統領弾劾」の要求には応じていない。国民の力の議員たちが「野党が推進するユン大統領弾劾を阻止する」と宣言するなか、ハン代表も党の方針に従う立場を表明した。
ハン代表は12月5日、国会で開かれた最高委員会議で「大統領の違憲的な戒厳を擁護しようとするものではまったくない。戒厳宣言の初期段階から国民の怒りと愛国心と思いを同じくし、これからも共にする」と述べつつも、「党代表として今回の弾劾は、準備のない混乱による国民と支持者への被害を防ぐために(弾劾案が)通過しないよう努力する」と語った。
一部では、ハン代表が「ジレンマ」に陥ったとの見方もある。
ハン代表は次期大統領選を狙っている。中道層・首都圏・青年層の有権者だけでなく、TK(大邱・慶尚北道)をはじめとする保守層の支持も切実に必要な状況だ。その中で、彼が保守陣営内の「パク・クネ弾劾トラウマ」に直接触れることは容易ではない選択だという見解もある。
何よりもユン大統領の弾劾後に早期大統領選が実施されれば、野党が「漁夫の利」を得る可能性があるという懸念があったようだ。
実際に非常戒厳後に行われた国民の力議員総会の過程でも、弾劾とは別に、「保守の結束」の必要性が繰り返し強調されたと伝えられている。これもまた「パク・クネ弾劾」から得た教訓によるものと見られる。
パク・クネ元大統領の弾劾直後に行われた2017年の大統領選で、当時の共に民主党候補であるムン・ジェイン(文在寅)氏は得票率41.08%で当選した。自由韓国党(現・国民の力)のホン・ジュンピョ候補は24.03%、「国民の党」のアン・チョルス候補は21.41%、「パルン政党」のユ・スンミン候補は6.76%を記録した。
単純計算では、保守陣営の候補が一本化されていれば、大統領選で勝利していた可能性があるという計算になる。
親ハン・ドンフン派のある核心関係者は「ユン大統領の非常戒厳が間違っていたことと、その間違いを弾劾で解決しなければならないことは、まったく別の問題だ」とし、「『ユン・ソンニョルの代替がイ・ジェミョンであるわけではない』という認識を共有している議員が多い状況だ。『個人ハン・ドンフン』ではなく、『党代表ハン・ドンフン』が大統領に最初に刃を向けることはできない」と述べた。
しかし、今回の非常戒厳によってユン大統領を守ってきた与党の「防弾チョッキ」には、すでに大きな亀裂が入ったという評価が支配的だ。これまで力が及ばなかった「キム・ゴンヒ大統領夫人の特別検察法」や政府を標的とした野党の攻勢に、与党が積極的に対応しない可能性がある。「ユン・ソンニョルの運命」と「党の運命」をデカップリング(分離)する動きが続くかもしれないという話だ。
結局のところ、与党の助けを得てユン大統領がなんとか弾劾を免れたとしても、「植物政権」に転落する可能性が取り沙汰されている。何よりも、非常戒厳により、事実上「反国家勢力」と烙印を押され、「粛清」に失敗した大統領府は「戻れない川」を渡った。
すでに「検察弾劾」や「予算削減」などを掲げて政府を圧迫してきた共に民主党は、もはやユン大統領を行政府の首長とは見なさないという態度だ。今後、政府が進める核心事業や与党の立法に野党がことごとく反対することが予想される。
野党の協力が必須である4大改革(年金・医療・労働・教育改革)も頓挫する可能性が高まった。「大統領候補ユン・ソンニョル」が夢見た「成功した大統領」の夢は、2024年12月3日22時25分を起点に、事実上、水泡に帰したといえる。
(記事提供=時事ジャーナル)
■なぜ韓国ユン大統領は“悪手”に出たのか。非常戒厳令を予想していた議員「妻のためだ」
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