2018年、韓国でひとつの話題を呼んだのは『82年生まれ、キム・ジヨン』だろう。字面だけ見ると、あたかも実在する人物のように聞こえるかもしれないが、実は韓国で大ベストセラーとなった小説のタイトルだ。
韓国の作家チョ・ナムジュ氏が2016年に発表したこの作品は、刊行から徐々に人気を集め、韓国文学界で10年ぶりに100万部を超えた“ミリオンセラー”となった。
小説の内容はギ・ド・モーパッサン著『女の一生』を、21世紀の韓国を舞台に置き換えたバージョンといえば、わかりやすいかもしれない。
韓国で生まれた女性が生涯を通じて直面するあらゆる差別が淡々と描かれていて、「小説よりもルポルタージュに近い」という評価も受けている。20~30代女性を中心に大きな共感と支持を得ただけでなく、社会現象まで引き起こした。
ただ、性差別というセンシティブな問題をテーマにしているだけに、本書をめぐって絶賛と酷評が激しく飛び交ったのも事実だ。
この作品が最も話題沸騰だった2017年は、韓国で“女性嫌悪(ミソジニー)”や“男女対立”が大きな社会問題として浮上した時期でもあって、読後の感想が女性と男性とで天と地ほどの差で分かれたりしたのだ。
例えばK-POPガールズグループRed Velvetのアイリーンだ。Red Velvetは韓国はもちろん、日本でも人気があり、その中でもアイリーンは各種広告にも引っ張りだこになるほど好感度も高い。
ところが、そのアイリーンが『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだと発言しただけで、一部の男性ファンがそれを“フェミニスト宣言”と受け入れ、彼女のグッズを燃やす様子をネットに投稿する事件が起きている。また、『82年生まれ、キム・ジヨン』の映画化が発表されたときは、主人公役に抜擢された女優チョン・ユミのSNSに中傷コメントが寄せられたり、韓国大統領府の国民請願掲示板に映画化の中止を求める書き込みが掲載されたりした。
ただ、興味深いのは、そうして炎上が起こるたびに小説の売り上げが伸びたということだ。その理由が人々の好奇心であれ共感であれ、これほど社会に大きな影響を与えた事実だけでも一読の価値はあるといわざるを得ない。
ちなみに主人公の名前である「キム・ジヨン」は、1982年生まれの韓国女性に最も多い名前だという。より多くの女性が主人公に自分を重ね合わせられるようにしたい、という作家の狙いがあって付けられたそうだが、その思いは現実になったといえるかもしれない。
しかも、この『82年生まれ、キム・ジヨン』は12月8日には斎藤真理子氏が翻訳を手掛けた日本語版が発売され、発売4日にして早くも3刷重版が決まるという反響を呼んでいるという。
重版を発表した出版元の筑摩書房は、公式ツイッターにて「こんなハイスピードの重版なかなかないです。感無量です。いま入手しにくくてすみません」とつぶやいていた。
このことは韓国メディアもこぞって報じており、「日本女性も同病相哀れむ…『82年生まれキム・ジヨン』日本の書店で人気」(『国民日報』)、「『82年生まれキム・ジヨン』がアマゾン・ジャパンのアジア文学部門1位」(『EDAILY』)との見出しを打って大きく取り上げている。
韓国は、東野圭吾の小説『ナミヤ雑貨店の奇蹟』がベストセラーとして数年間愛されるなど、依然として日本文学への関心が高い。それに比べて韓国文学への関心が低い日本で、『82年生まれ、キム・ジヨン』が話題になっているのは、嬉しいニュースだ。
『82年生まれ、キム・ジヨン』が今後、多くの日本人読者に考えをめぐらせるような小説になってほしいと願う。
(文=慎 武宏)
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