実は法令化されていない韓国の国歌…作り手が“親日派”であることが原因か

2016年02月13日 政治
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世界中のほぼすべての国が、それぞれの国歌を持っている。日本の『君が代』は「国旗及び国歌に関する法律」の第2条に「国歌は、君が代とする」と定められており、法律的にも国歌だ。

一方、韓国の国歌である『愛国歌』は、法令化されていない。そこには複雑な背景があるという見方もある。

『愛国歌』は2015年に誕生80周年を迎えたのだが、実はこの歌が“親日派”によって作られたという証拠が出揃っているのだ。

『愛国歌』の作曲家は、安益泰(アン・イクテ)。彼の“親日行跡”として最も有名なのは、1942年にドイツのベルリンで開催された「満洲国建国10周年記念音楽会」において、自らの指揮の下、自作の『満洲国祝典音楽』を演奏したことだ。

公開された当時の映像によると、コンサートホールの中央には大型の「日の丸」が掲げてあり、歌詞の内容は日本と満洲国の栄光をたたえ、ナチス・ドイツの健勝を祈るものだったという。

その歌詞を手がけたのは、安の後援者として知られる在ドイツ日本国大使・江原綱一。指揮者としてヨーロッパ各国を回っていた安だが戦後、『満洲国祝典音楽』を演奏できなくなると、すでに作曲していた『韓国幻想曲』に『満洲国祝典音楽』を挿入する方法を使った。2つの曲のメロディーが似ているのも無理はない、というのが専門家の意見である。

“親日派”が作った韓国の国家

また、安が『君が代』を演奏したとの記録が最近になって公開され、話題を呼んでいる。

1952年、江原が音楽雑誌『レコード芸術』(音楽之友社)に寄稿した「安益泰君の片貌」によると、1942年(正確には1941年)秋、明治節の朝、日本公使館の儀式に参加した安が、『君が代』斉唱の時、白いネクタイをつけてピアノを演奏していたのだ。『君が代』は、旭日旗とともに韓国人が最も敏感に反応するもの。このニュースは、韓国人に新たな衝撃を与えた。

一方、『愛国歌』の作詞家についても、昔から論争が絶えない。

公式には“作詞家未詳”となっているが、有力とされるのが、親日派で有名な尹致昊(ユン・チホ)だ。彼は植民地統治時代に日本に渡り、井上馨の斡旋で学問を学び、1882年には東京大学の英語講師に英語を習った経歴を持つ。尹は「私が愛国歌を作詞した」と語り、自筆の歌詞原稿も残していることから、彼が作詞家であることはほぼ間違いがないだろう。

しかし1955年、韓国国史編纂委員会は『愛国歌』の作詞家を尹と結論付けようと表決を行ったが、満場一致にならず、現在までずるずると結論を引き延ばしているのだ。尹が親日活動を行ってきた影響があったと考えられている。

いずれにせよ、“韓国を愛する歌”が、“親日デュオ”の2人によって作られたという皮肉に、ネットでは「当然作り直すべきだな」「今まで親日派が作った歌を歌っていたなんて、恥ずかしい」「彼らは時代に流されただけ。仕方ない」「今さら誰が作ったとか、意味ある?」といった賛否両論が巻き起こっており、多くの韓国の歴史学者や音楽家も、『愛国歌』について問題提起しているのが現状だ。

前述の通り、韓国人は韓国の国歌=『愛国歌』だと認識しているが、法律的にきちんと国歌として認められているわけではない。やはりそこには、親日派が作った歌という複雑な思いがあるのかもしれない。

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