「身近な人を優先するなら事業をやるべきで、政治はしない」
5月29日当時、「共に民主党」の大統領候補だった李在明(イ・ジェミョン)氏は、ソウル・西大門区の新村洞で事前投票を終えた後、記者団から「大統領に当選した場合、人事にどのような基準を適用するか」との質問を受け、こう答えた。
彼は「もちろん同じ能力を持った優秀な人材であれば、近しい人を使うのが良いだろうが、それは最後の基準だ」とし、「権限を委ねることになる内閣の構成員や大統領室の首席秘書官、補佐官などの公務員は、誠実かつ有能な人を選ばなければならない。人事は万事に通ずる」と強調した。
縁より能力、理念より実用性を強調していた大統領候補・李在明。「人事は万事」との決意とは裏腹に、政権初期の人事をめぐっては「警告音」が鳴っている。
「共に民主党」カン・ソヌ議員は、補佐官たちへの「パワハラ疑惑」を受けて女性家族部長官候補を辞退したが、その余波は続いている。
特に「実用人事」の看板のもとで抜擢された人々の能力や資質に疑問符がつき、政府の「信頼資産」が一部失われた印象だ。李大統領の支持率は、リアルメーターや全国指標調査(NBS)などで誤差範囲内ではあるものの、就任後初めて下落を記録した。
政界の一部では、いわゆる「城南–京畿ライン」と呼ばれる大統領側近グループに人事権限が過度に集中し、検証システムに「穴」が空いたのではないかとの懸念も出ている。
李在明大統領が強調してきた能力重視の「実用人事」は、就任とともに現実化するかに見えた。従来は功労者が就くことが多かった経済部処の長官ポストに、現場の企業人を全面的に配置。AI(人工知能)専門家のペ・ギョンフンLG AI研究院長を科学技術情報通信部長官に、ハン・ソンスク元NAVER代表を中小ベンチャー企業部長官に任命した。
大統領室に新設されたAI未来企画首席には、ハ・ジョンウ元NAVERクラウドAIイノベーションセンター長を抜擢し、話題を集めた。
「陣営の壁」も壊すように見えた。政権交代にもかかわらず、前政権の人材を次々と起用した。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権時代に任命されたソン・ミリョン農林畜産食品部長官に続き、オ・ユギョン食品医薬品安全処長の再任も決定された。
論争にも迅速に対応しているように見えた。オ・グァンス元民情首席をめぐって財産に関する疑惑が提起されると、任命からわずか5日で辞表を受け取った。オ・グァンス元首席は、李在明大統領の司法研修院同期(第18期)で側近とされる人物だが、大統領室は「公職規律の確立と人事検証を担当する民情首席の重要性を考慮した」とその辞任の背景を説明した。
順調に見えていた李在明政権の人事に冷や水を浴びせたのは、カン・ソヌ前女性家族部長官候補だった。専門性と民意を重視するとしていた政府が、彼女をめぐる「パワハラ疑惑」には沈黙しているかのような対応を見せたためだ。
具体的な証言や情報提供が相次いだが、与党「共に民主党」の院内指導部は彼女を積極的に擁護し、大統領室は「与党指導部の意思だ」として、カン・ソヌ前候補の任命を強行する意向を示した。
一方、「教え子の論文盗用」疑惑に巻き込まれていたイ・ジンスク前教育部長官候補の指名は撤回された。ともに「側近の告発→野党の攻勢→民意の悪化」という三重苦に直面していたにもかかわらず、大統領室の判断は正反対だった。
これについて政界では「政治家カン・ソヌ」と「非政治家イ・ジンスク」の違いが明暗を分けたのではないかとの見方が出た。再選議員であり、強硬な親李在明派であるカン・ソヌ前候補と大統領の特別な縁、与党議員らとの私的な関係が「身内びいき」につながったのではないかという疑念が出ている。
いわゆる人事聴聞会での現職議員「無敗神話」が今回の政権でも続いているように見えた。
しかし、李在明大統領が公言してきた「実用人事」がカン・ソヌ前候補には適用されていないように見えると、すぐに進歩陣営から不満と怒りが広がり始めた。民意の底辺から世論が悪化し、ついには与党代表候補のパク・チャンデ議員までもが「民意のためにカン・ソヌ候補が自ら決断すべきだ」として辞退を促した。
最終的にカン・ソヌ前候補は7月23日、自身のフェイスブックに「うまくやりたかったが、ここまでのようだ」と投稿し、候補職を辞退した。
野党の標的となっていたカン・ソヌ候補が辞退したことで、李在明政権はひとまず重荷を下ろした。しかし、今回の政権で人事をめぐる論争が起きたのはカン・ソヌ議員だけではない。
カン・ジュヌク元国民統合秘書官は「非常戒厳擁護発言」騒動で辞任し、チェ・ドンソク人事革新処長は過去の暴言疑惑が今になって浮上している。いわゆる「清潭洞の飲み会疑惑フェイクニュース」で裁判中のキム・ウィギョム元議員が、セマングム開発庁長に任命されたことも論争となっている。
さらに最近、国政状況室長に任命されたソン・ギホ秘書官が、経済安保秘書官に異動となった背景をめぐっても賛否が分かれている。大統領室は「対米関税交渉の重要性を考慮した横滑り人事」と説明したが、政界では就任からわずか50日での交代そのものが「人事の失敗」と批判されている。
これにより、李在明政権の「人事システム」そのものが槍玉に上がっている。
「国民の力」のソン・オンソク非常対策委員長は7月24日の非常対策会議で、李在明政権がカン・ソヌ前候補の任命を強行しようとした経緯を振り返り、「人事検証システムが事実上崩壊しており、李在明政権で機能しているのは“明心”(=李大統領の意向)だけだということを如実に示した」と批判した。
同日、CBSラジオに出演した「共に民主党」パク・ジウォン議員も「リーダーは時に冷酷な決断を、電光石火のごとく素早く下すべきなのに、今回は遅きに失した」と指摘した。
「人事は万事」と語っていたのは李在明大統領自身だ。何が問題なのか。
政界では、大統領の最側近グループである「城南–京畿ライン」に権限が集中していることで、人事の公正性と信頼性に構造的な問題が生じているという批判が出ている。前任の文在寅(ムン・ジェイン)、尹錫悦政権とは異なり、人事推薦体制が不透明であるため、「密室人事」論争が起きているという指摘だ。
かつて李在明政権と同様に、弾劾政局を経て早期大統領選挙ののち引継ぎ委員会なしに初代内閣の人事に着手した文在寅政権は、人事検証の強化を目的に、青瓦台(大統領府)の秘書室長、政策室長、人事首席、安保室長、政務首席、民情首席らが参加する「人事推薦委員会」を立ち上げた。人事・民情首席室が5~6人分の候補リストを人事推薦委に提出し、委員会で3人程度に絞り込む形で、検証システムを二重化した。
尹錫悦政権は、青瓦台の人事検証機能を法務部傘下の人事情報管理団に移管した。これには「検察政権だ」との批判も出たが、尹政権は人事情報が捜査業務に流用されないよう、内部に「チャイニーズウォール(部門間の情報遮断)」制度を導入して対処した。
一方、李在明政権は、文・尹両政権の人事管理システムをいずれも採用していない。代わりに、大統領の城南市長・京畿道知事時代から最側近補佐官として活動してきたキム・ヒョンジ大統領室総務秘書官とキム・ヨンチェ人事秘書官が人事検証を一手に担っているとされる。
別途の人事首席や人事企画官級のポストも設けられていない。カン・フンシク大統領秘書室長を除く他の主要秘書官も、人事検証過程には関与していないという。事実上、李在明大統領の最側近2人が大きな人事権を握っている格好だ。
一部では、最近の主要人事における雑音や辞退事例が繰り返される理由は、まさにこの構造的問題にあるとの分析も出ている。特定の少数に情報と権限が集中すれば、適切な人事検証は行えないという指摘だ。
人事推薦・検証・世論の把握・フィードバックなど、人事をめぐる一連のプロセスにおいて最も重要な原則は、民主主義の根幹である「抑制と均衡」である。だが、現在の李在明政権の人事システムでは、この抑制と均衡の代わりに「独占と独走」が感じられるとの懸念が高まっている。
匿名を条件に取材に応じた与党関係者の1人は、「新政権の初期には各方面から多様な人事推薦が殺到するが、同じ人的ネットワークを共有する特定のラインが人事実務を独占すると、いずれ問題が生じる」と述べ、「国民の声が大統領に正しく伝わらなかったり、タイミングを逃したりする事態が頻繁に起こる可能性がある」と懸念を示した。
「報恩・コード・無原則人事」などの批判が出るほど人事をめぐる論争が広がるなか、専門家らは、騒動が続く場合、李在明政権の改革推進力が損なわれる可能性があると警告する。
ハンギルリサーチのホン・ヒョンシク所長は「李在明大統領の最近の支持率の上昇は、短期的な期待感によるもので、まだ追加の上昇要因には乏しい」とし、「こうしたときこそ人事に慎重であるべきだ」と語った。
続けて、「支持率を過信して民意とずれた決定を下せば、かえって下落に転じる恐れがある。尹錫悦政権とは異なる人事方針を示すべきだ」と指摘した。
また一部では、政権交代のたびに変わる「非常時的・非体系的な人事システム」の限界が、人事の失敗を繰り返す構造的背景だとの指摘も出ている。
イ・ドンス青年政治クルー代表は「韓国政治では、内閣人事だけでなく公認などでもシステムより権力者の意向が大きく作用する」とし、「人事に明確な手続きや基準がないため、“天下り人事”が横行せざるを得ない構造だ」と批判した。
そして「今後こうした問題を防ぐためには、人材データベース(DB)を構築し、公認などにも活用できるよう、常設かつ体系的な人事システム、いわゆる“シャドー・キャビネット”を整備すべきだ」と強調した。
(記事提供=時事ジャーナル)
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