韓国で現職大統領の運命を決定する憲法裁判所の審判手続きが「不信の試練」にさらされている。
「国民だけを見て進む」とした尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の弾劾審判と、マ・ウンヒョク憲法裁判官候補の任命をめぐる審判を急いできた憲法裁判所は、手続きの正当性と政治的偏向をめぐる議論という逆風に直面している。
弾劾審判と内乱首謀者としての刑事裁判を同時に抱える尹大統領は、制約を受ける憲法裁判所の動きを逆手に取り、物理的な時間の確保だけでなく、支持層の結集を図る余地も得ようとしており、総攻勢を展開している。
内乱被告らの「司法への反発」の動きが続くなか、憲法裁判所までもが厳格な手続きの正当性を確保できなければ、「拙速な」非常戒厳がもたらした波紋が「拙速な」審判をめぐる議論へと発展し、社会の分裂をさらに深める可能性があるとの懸念が出ている。
「9人の裁判官か、8人の裁判官か」。尹大統領の弾劾審判の重要な分岐点とされていた2月3日、憲法裁判所が下した異例の決定が波紋を呼んだ。
憲法裁判所は、チェ・サンモク大統領権限代行によるマ・ウンヒョク憲法裁判官候補の任命拒否に関する権限争議・憲法訴願審判の判決を突如延期した。判決予定時刻のわずか2時間前という「予想外の」タイミングで、「予想外の」決定が下された。
ウ・ウォンシク国会議長が提起した権限争議審判は弁論を再開し、キム・ジョンファン弁護士(法務法人トダム)が提起した憲法訴願審判は無期限延期となった。
影響が大きく世論の関心が高い案件の判決が当日に取り消されたことは、それだけ憲法裁判所内の状況が緊迫していたことを意味する。
ウ議長が提起した権限争議とキム弁護士の憲法訴願審判の主要争点は共通している。大統領権限代行に、国会が選出した憲法裁判官候補を任命しない裁量があるかどうかという点だ。
チェ権限代行は昨年12月31日、チョ・ハンチャン(国民の力推薦)、チョン・ゲソン(共に民主党推薦)の2人の憲法裁判官のみを任命し、「共に民主党」推薦のマ候補については「与野党の合意が確認されていない」として任命を保留した。
野党側は、国会が選出した憲法裁判官3人のうち、大統領権限代行が恣意的に2人だけを任命する権限はないと反発し、ウ議長は1月3日、国会の裁判官選出権が侵害されたとして権限争議審判を請求した。
キム弁護士はこれより前の昨年12月28日、ハン・ドクス国務総理が候補3人に対する任命権を行使しなかったことにより、自身が請求した別の憲法訴願事件で公正な裁判を受ける権利が侵害されたとして憲法訴願を提起した。
憲法裁判所は、尹大統領の弾劾審判と同様に、マ候補の任命をめぐる審判を加速させてきた。ハン・ドクス前大統領権限代行の弾劾案やハン国務総理の弾劾定足数に関する案件などを後回しにし、憲法裁判所はマ候補の任命問題を最優先で処理するとして進めてきた。
これは、尹大統領の弾劾審判を「9人(大統領任命3人・最高裁判所長指名3人・国会選出3人)」の完全な体制で行うという憲法裁判所の強い意志の表れだと分析されている。結果的に、ハン国務総理の案件を後回しにし、順序を逆転させる形となったことに対して警戒する声も出ていたが、憲法裁判所は重大性と緊急性を考慮すれば「問題はない」との立場を示していた。
チェ権限代行側は1月22日に行われた最初の公開弁論で、与野党間でやり取りされた公文書のみではマ候補の推薦に関する合意が成立したとは認められないと主張した。
合意の実態を確認するため、主要当事者であるパク・チャンデ「共に民主党」院内代表とチュ・ギョンホ前「国民の力」院内代表を証人として申請したが、憲法裁判所はこれを棄却し、弁論を終結した。憲法裁判所は一度の弁論のみを行い、2月3日に判決を言い渡すと確定させた。
ところが、判決を3日後に控えた段階で、憲法裁判所はチェ権限代行側に対し、「該当の公文書に関する事実関係を整理し、当日中に提出せよ」と要求した。チェ権限代行側は、憲法裁判所の突然の要求に困惑を示したが、憲法裁判所は予定されていた判決の日に急遽「2月10日に弁論を再開する」と方針を変更した。
憲法裁判所が争点に関する事実関係を十分に確認または整理しないまま判決日を決めたことで、「拙速な審理」という批判を招いた要因となっている。
『時事ジャーナル』の取材を総合すると、2月3日午前に行われた評議では「このままでは手続き的な正当性を確保できない」という一部の裁判官の深刻な懸念が提起されたことがわかった。
特にチェ権限代行側が2月1日に憲法裁判所に提出した意見書が変数として作用した。チェ権限代行側は、ウ議長が本会議での議決を経ずに独自の判断で権限争議審判を請求したことは「重大な欠陥」であり、訴えは棄却されるべきだと強く主張した。
国会側は「憲法や国会法、憲法裁判所法のどこにも国会の議決手続きを要求する条項はない」との立場を示しているが、チェ権限代行側は、そもそも審判請求自体が成立し得ない事案であることを強調した。
憲法裁判所が判決期日を延期してまで弁論再開を決定したのは、最も基本的な訴訟要件にあたる「請求人適格」の問題を明確にしなければ、事態が収拾できないほどの波紋を呼ぶ可能性があると判断したためとみられる。拙速な審理を認めた形になったが、判決期日の延期について憲法裁判所は、具体的な理由や背景を明確に説明していない。
中央大学のイ・インホ法学専門大学院教授は、自身のフェイスブックで憲法裁判所の判断を批判する投稿を行い、「『請求人適格』の論点を無視したまま判決を強行するにはリスクが大きすぎた」と分析した。
イ教授は「憲法裁判所の一貫した判例は、権限争議と憲法訴願審判において、他人の権限や基本権侵害を代わりに主張することは認められないというものだ」とし、「憲法裁判官3人の選出権は合議制機関である『国会』が持っており、したがって『選出権の侵害を受けた者』も『国会』だ。国会議長には選出権がなく、選出権を侵害されたわけでもない」と指摘した。
さらに「『裁判の迅速性』を名目にするにはあまりにも拙速で、他の裁判との公平性もまったく合っていない。『9人体制の完全性』という名目にも説得力がない」とし、「2017年、憲法裁判所は現在と同じ8人体制で大統領を罷免する決定を下したことがある。36年間築き上げてきた憲法裁判所の権威と信頼を、一日で崩すような過ちを犯してはならない」と強調した。
マ候補者の任命問題は、尹大統領の弾劾審判とも直結する事案だ。憲法裁判官の任命から大統領弾劾審判まで、不服申し立ての余地が生まれれば混乱がさらに深まる可能性があるため、憲法裁判所が今回の決定を通じて論争を払拭しようとした意図が反映されたとの分析も出ている。
憲法裁判所の関係者は「権限争議事件は準備手続きなしで1回の弁論のみを開き、そこで審理を終えるケースが多い」とし、「これを拙速な審理と見るのは無理がある」と反論した。
むしろ今後の論争の余地を完全に断ったと判断した憲法裁判所は、「違憲」決定が出た後も、チェ権限代行がマ候補を任命せず、追加的な「法的検討」を理由に決定を履行しない可能性に注目している。
チョン・ジェヒョン憲法裁判所広報官は「権限争議や憲法訴願で認められた裁判所の判断は、必ず従わなければならない」とし、「憲法裁判所の決定には強制的な執行力がないが、それを遵守しなくてもよいという意味ではない」と警告した。
憲法裁判所が手続きの正当性をめぐる議論に揺れるなか、尹大統領側と与党「国民の力」は、もう一つの争点である「ウリ法研究会」出身の裁判官への攻勢を強めている。
尹大統領側と「国民の力」は、憲法裁判所が政治的に「傾いた競技場」となっているとして、一部の裁判官に対し、大統領弾劾審判からの「自主的な回避」を求める圧力をかけている。
政治的偏向をめぐる議論が収まらないのは、進歩系の法曹団体である「ウリ法研究会」の出身者が憲法裁判所に多数在籍しているためだ。
裁判官全体のなかでは、「ウリ法研究会」出身者は約5%と少数派だが、憲法裁判所ではその割合が過半数に達している。キム・ミョンス元最高裁判所長の後任として「ウリ法研究会」会長を務めたムン・ヒョンベ憲法裁判所長代行をはじめ、2018年に事実上解散するまで最後の会長を務めたチョン・ゲソン裁判官、マ・ウンヒョク候補もこの研究会の出身だ。
イ・ミソン裁判官も2011年に発足した国際人権法研究会で活動していたとされる。
「ウリ法研究会」は1989年、パク・シファン、カン・グムシル、パク・ボムゲ裁判官ら10人が創設メンバーとして参加し、「第五共和国」時代の司法部首脳陣の留任に反発した「第2次司法波動」を契機に誕生した法曹研究会だ。
本来は多様なイデオロギーを追求し、政治からの独立を目指していたが、現在ではむしろ司法の政治化を加速させる要因となっている。
尹大統領と「国民の力」は、憲法裁判所が機関としての信頼性を損なうような手続き的な誤りを黙認し、すでに結論を決めた上で弾劾審判とマ候補者の任命拒否問題に取り組んでいると強く批判している。
そのような状況で、かつて地下革命組織と分類されていた「仁川(インチョン)地域民主労働者連盟(人民労連)」に所属していた経歴を持つマ候補者が任命されれば、憲法裁判所のイデオロギー的な偏向が一層強まり、実質的に「ウリ法裁判所」と化すことになるというのが「国民の力」の主張だ。
裁判官の過去のSNS活動や家族関係も攻撃対象となっている。
ムン代行は2019年、憲法裁判官に任命される前にも政治的中立性をめぐる論争に巻き込まれた。当時、SNSで「ウリ法研究会内でも私は最も左寄りだ」との発言が公開され、議論を呼んだ。また、ムン代行が「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表と「労働法研究会」で共に活動していた点も疑惑をさらに加熱させた。
チョン裁判官についても、夫であるファン・ピルギュ弁護士が尹大統領の弾劾を求める時局宣言に名を連ね、ファン弁護士が所属する公益人権法財団「コンガム」の理事長が、国会側弁護団の共同代表であるキム・イス弁護士であることが指摘されている。
また、イ裁判官の妹であるイ・サンヒ弁護士は「民主社会のための弁護士会(民弁)」の「尹錫悦退陣特別委員会」の副委員長を務めている。
一方、裁判官の家族関係や偏向性をめぐる議論については、チョン・ヒョンシク裁判官も問題視されるべきだという反論もある。
チョン裁判官は、尹大統領が12・3非常戒厳事態後に任命したパク・ソンヨン「真実・和解のための過去史整理委員会」委員長の義理の弟だ。また、尹大統領の弾劾審判の弁護団に所属するキム・ゲリ弁護士は、2022年にソウル市教育監選挙でパク委員長の選挙キャンプの報道官を務めていた。
尹大統領側は1月31日にムン代行、イ・ミソン裁判官、チョン・ゲソン裁判官の政治的偏向性を問題視し、弾劾審判の審理から外れるよう求める「回避促求意見書」を憲法裁判所に提出した。
しかし、憲法裁判所がこれを受け入れる可能性は極めて低い。すでに憲法裁判所は「裁判官は憲法と法律に基づき、独立かつ客観的な判断を下している」として、偏向性に関する議論に線を引いている。
尹大統領が憲法裁判所の裁判官のイデオロギーを問題視し続ける背景には、弾劾審判の構図を有利に運ぼうとする戦略があるとの見方もある。
ムン代行とイ裁判官の任期は4月18日に終了する。憲法裁判所はマ候補者を任命し、9人体制を完成させた上で、2人の裁判官の任期満了前に完全な陣容で大統領の弾劾可否を決定しようとしている。
しかし尹大統領と与党は、手続きの正当性や裁判官の政治的立場を問題視し、支持層を結集させることで憲法裁判所への圧力を強め、可能な限り時間を稼ぐ戦略を取っているというわけだ。
弾劾審判の被請求人である尹大統領側と与党による「憲法裁判所への揺さぶり」が度を越しているとの批判もある。
100人以上の憲法学者が参加する「憲政回復のための憲法学者会議」は、「正当に任命された裁判官を不当な理由で根拠なく攻撃することは、憲法裁判の権威と独立性を損なうだけでなく、我々の社会が築き上げてきた民主憲政に対する信頼と合意を破壊するものだ」とし、「法的判断を担う弾劾審判の本質を歪める行為をやめるべきだ」と強く批判した。
弾劾審判と内乱首謀の罪による刑事裁判を同時に受けることになった尹大統領は、裁判の進行を最大限遅らせるための手段を総動員している。
被疑者の立場では捜査の適法性を攻撃していた尹大統領側は、被告人として憲法裁判所の審判手続きの隙を突き、有利な状況を作り出そうとしている。確定している憲法裁判所での弁論は2月13日の第8回が最後となる。追加の期日が1~2回指定されたとしても、2月末までには弁論がすべて終了する見込みだ。
ただし、マ候補の任命時期によっては、弾劾審判のスケジュールに影響を与える可能性がある。弾劾審判は刑事訴訟法を準用するため、マ候補が弁論がすべて終わり、判決のみを残した状態で合流する場合、審判の遅延はほぼない。
しかし、審理の終盤にマ候補が就任すれば、弁論更新の手続きを経る必要があり、尹大統領側は証拠調査から証人尋問まで全面的な再審理を要求する可能性が高い。そうなれば、弾劾審判の遅延は避けられない。
8年前に弾劾審判を受けた朴槿恵(パク・クネ)元大統領は、弾劾審判開始から91日で「前大統領」となった。尹大統領側は、朴元大統領の弾劾時とは異なり、保守層が結集しているため、当時とは異なる展開になると見ている。
尹大統領の弾劾が認められるには、憲法裁判官9人のうち「6人以上」の賛成が必要だ。8人体制では3人が反対すれば棄却されるため、尹大統領側は引き続き非常戒厳の合法性を主張し、世論を味方につける戦略を取っている。
内乱首謀の罪で拘束・起訴された尹大統領は、2月に刑事裁判が本格化すると、弾劾審判の停止カードを切る可能性がある。これは、弾劾審判の請求と同じ理由で刑事訴訟が進行する場合、裁判所が審判手続きを停止できるとする憲法裁判所法第51条に基づくものだ。
陣営ごとに分断された世論の流れは、弾劾危機に直面する尹大統領だけでなく、早期大統領選を見据える与野党、手続き論争に揺れる憲法裁判所の今後の対応にも大きな影響を及ぼす見通しだ。
EMBRAINパブリック、Kstatリサーチ、コリアリサーチ、韓国リサーチが2月3日から2月5日にかけて、18歳以上の男女1005人を対象に実施した全国指標調査(NBS)によると、「尹大統領の弾劾を認め、罷免すべき」との回答は55%、「棄却すべき」との回答は40%だった。
1週間前の同じ調査と比較すると、「罷免すべき」という回答は2ポイント減少し、「棄却して職務復帰させるべき」との回答は2ポイント増加した。憲法裁判所の弾劾審判の過程を「信頼する」と答えた人は52%、「信頼しない」と答えた人は43%で、半数近くが憲法裁判所の拙速な審理や偏向性に不信感を抱いていることがわかった。
「国民の力」のクォン・ヨンセ非常対策委員長は2月6日、ムン憲法裁判所長代行に対する国会弾劾請願に10万人以上が同意し、国民の4割が憲法裁判所を信頼していないという世論調査結果を引き合いに出し、「憲法裁判所に対する国民の不信はますます拡大している。主権者の意思を無視し、新たな憲法紛争を引き起こしているのは、他の誰でもなく憲法裁判所自身であることを認識すべきだ」と強く批判した。
(記事提供=時事ジャーナル)
■「犯罪に近い」尹大統領“支持率51%”と出た世論調査…共に民主党が告発を視野
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