旅行や出張で韓国に行ったことがある人なら、一度は地下鉄を利用したことがある人は多いだろう。かくいう私もソウルに行くと、頻繁に地下鉄を利用する。
1号線から9号線と路線と駅がナンバリングで振り分けられていて、路線別にそれぞれシンボルカラーもあるので覚えやすく、駅名も日本語で書いているので初心者の人でも便利に乗りこなせるだろう。近年はソウル市内だけではなく、仁川国際空港など郊外にも路線拡大が進んでいるので、以前はタクシーで向かっていた仁川や水原など郊外都市での取材も地下鉄を利用するようになった。
ただ、その地下鉄で最近、事故が多い。先日も「模擬訓練」としていた脱線が“事故”だったこと明らかになった。
仁川交通公社は10月6日、「開通初期に各種の障害のため事故が相次いだ状況において脱線事故まで判明したら、市民の不安が大きくなるだろうと考え訓練を装った」などと釈明し、仁川地下鉄2号線で起こった電車の脱線(8月7日)を事故と認めたのだ。電車が車両基地に向かう途中だったため人命被害はないが、市民やメディアを騙した事実は見過ごしてはならないだろう。
そもそも仁川地下鉄2号線は去る7月30日に開通されたばかり。無人遠隔操作システムを採用し、約2兆3000億ウォン(約2300億円)の税金が投入されたというが、開通初日からトラブルが多発していた。開通初日に2号線が運転を見合わせた時間は合計80分にも及ぶというのだから、脱線事故を隠したくなる状態であったことだけはわかる。
とはいえトラブルが続いているのは、開通したばかりの仁川地下鉄2号線ばかりではない。自国を “ヘル(地獄)朝鮮”と揶揄する韓国の若者たちの間では最近、韓国の地下鉄のことを“地獄鉄”などと呼ばれているのだ。
もともとは通勤ラッシュの満員電車を揶揄していたのだが、最近はどうも意味合いが変わってきている。
例えばソウル地下鉄で急増する犯罪の多さから来る“地獄鉄”だ。ソウル地下鉄内での犯罪件数は、2012年の1447件から2015年は2624件と数年で倍近く増加。最も多いのは痴漢や盗撮などの「性犯罪」で、地下鉄犯罪全体の半分を占めているという。なかでも盗撮はかなり悪質で、サラリーマンから学生、はたまた牧師まで現行犯逮捕されているというのだから驚く。
高齢化が進む韓国では、地下鉄内で優先席(韓国では“老弱者席”と呼ぶ)にまつわる高齢者同士のトラブルも多発している。
ネット掲示板やSNSでは「優先席前で老人2人が年齢のことでケンカ中」「80代の方が優先席に座っている70代の老人に対して“まだ髪の毛も黒いくせに”と怒ってケンカ沙汰」など、高齢者同士のケンカの様子がリアルタイム中継されたり、目撃談が上がったりする。
ネット上に寄せられた65歳以上からのクレームも2倍以上に増加しているが、高齢者のインターネット利用率が低いことを考えると、実際にはもっと多いはずだ。
60代が70代に、70代が80代に席を譲らなければならない雰囲気のなか、より深刻なのは優先席を利用する妊婦へのマタハラではないだろうか。いや、「マタハラ」では言葉が弱いかもしれない。
つい先日の9月27日には、ソウル地下鉄4号線の優先席に座っていた妊婦が「席を譲れ」と要求する老人男性に、いきなりお腹を殴られる事件が発生。昨年も30代の男が優先席に座っていた臨月の妊婦に「お前は障害者なのか?」などとののしり、暴行する事件が起こってしまっている。
2014年に発表された人口保険福祉協会の調査によると、「妊婦に配慮する」と答えた韓国人は93.1%に上る。しかし、逆に「配慮されたことがある」と答えた妊婦は約半数にとどまった。社会的にも妊婦への配慮が足りない現実がある。
妊婦にまつわる許し難い事件が多発しているのも韓国社会に蔓延している女性嫌悪が原因なのだろうか。
いずれにしても、女性や老人、そして妊婦など、守られるべき人たちへの被害が目立つ韓国の地下鉄。翻って日本の地下鉄はどうだろうか。韓国ほどではなくとも、それに似たさまざまなトラブルがあるのもまた事実だろう。利用者のひとりとして、改善への取り組みを急いでもらいたいと思うのは、私だけではないはずだ。
(文=慎 武宏)
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