韓国の最恐映画『コンジアム』の成功に伴って、本格的なホラー映画レーベル「UNPA FILM」を立ち上げたチョン・ボムシク監督。
韓国では近年、日本ドラマのリメイクが増えているが、チョン・ボンシク監督も「UNPA FILM」でそれに近いことを準備しているという。
20代の頃に1960~1970年代の邦画に夢中になったというチョン監督は、日本映画にどんな思いを寄せているのか。今回は、彼と日本映画の縁、そして日本人俳優との意外なエピソードを改めて紹介する。
――デビューからずっとホラー映画を制作されていますが、その経緯や理由などをお聞かせください。
「僕は2007年に弟(チョン・シク監督)と共同演出した『奇談』でデビューしたのですが、実は恐怖よりも美学を追求しようとした作品でした。もともと芸術映画が好きだったので、日本映画特有の美しい情緒のような、そんな美しさを出そうとしていたんです。
ただ、あの頃から韓国映画はハリウッドの影響を受けてカットが短く、テンポが速くなっていました。
つまり、観客が長回しを退屈と感じ始めたんです。美学を追求するとなると、まずは観客にスクリーンを凝視してもらわないといけないのに、それが難しくなった。それでも『奇談』では、カメラトラッキングが非常に遅かったりと、僕なりの美学を具現したつもりですが、不思議と観客がずっと凝視してくれました。
その理由は、やはりホラー映画というジャンルの性質上、次のシーンに何が出てくるかわからないという緊張感があるからだと思うんです。そこで僕は、長回しの中で美学を具現できるジャンルは、ホラー映画が唯一かもしれないと思ったのです」
――そういう監督の美学が、『コンジアム』にも練り込まれていると感じます。
「ホラー映画のほとんどは、音や音楽で恐怖を与えていると思います。ただ、『コンジアム』の場合、登場人物が劇中でかける音楽以外は一切音楽を使っていません。
僕は今回、音による恐怖よりも、音のない恐怖を与えようとしました。また、幽霊が出るから怖いのではなく、“出ないから怖い”という感覚を観客たちに感じていただきたかったのです。
そのためにもやはり長回しが必要で、普通のホラー映画ならここで場面転換するだろうというところも、カットせずにそのまま流したりしました。いわゆる観客との駆け引きをしているわけです。
僕は観客を驚かせるシーンではなく、緊張を長引かせるシーンがホラー映画の醍醐味だと思っています。例えば『呪怨』で佐伯伽椰子が階段を這い降りてくるシーン。そういうシーンが多い作品こそがハイレベルなホラー映画だと思うので、『コンジアム』もそこをすごく意識して作りました」
――監督は日本の映画には興味をお持ちですか?
「もちろんです。特に20代の頃はものすごく見ていました。小津安二郎、黒澤明、成瀬巳喜男、増村保造、寺山修司などなど。1960~70年代と、それ以前の監督が好きです。おそらく韓国であまり知られていない吉田喜重監督の独特なアングルも好きですね」
――最も好きな監督を挙げるとしたら誰ですか?
「黒沢清監督です。黒沢監督独自の空間造形というか、何もない空間から醸し出すグロテスクさが好きですね。
以前、韓国の評論家から“空間が醸し出す幽霊や物性などを、黒沢風に表現している”と聞いたことがありますが、僕にとってそれは最高の褒め言葉でした。日本はやはり一昔前に素晴らしい映画がたくさん作られていたなと思います」
――なるほど。以前取材した韓国テレビ関係者が日本のドラマに詳しくて驚いたのですが、監督は日本映画からの影響もあったのですね。
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「韓国の若手監督の中で日本映画の影響を受けた人が多少は存在します。僕もそういう雰囲気を醸し出しているようで、とある授賞式ではポン・ジュノ監督に“鈴木清順監督、好きですか?”と聞かれたこともあります(笑)。
日本の若い映画ファンの中には、昔の監督をあまり知らない人もいるそうですね。これはあくまでも異邦人の意見ですが、あんなに素晴らしい日本の名画たちを見て研究しないのは、すごくもったいないなと思います」
――逆にチョン監督のほうが詳しすぎるのではないでしょうか(笑)。日本の映画関係者の中にお知り合いもいますか?
「実は、韓国映像資料院で俳優・仲代達矢さんのデビュー60周年特別展を開催したとき、ご本人との食事会に誘われたことがありました。あまりにも光栄で駆けつけましたよ。
一緒にサムギョプサルを食べながら、黒澤明監督とのエピソードや、岡本喜八監督と『大菩薩峠』を撮った時のエピソードなど、大変貴重な話を聞くことができました。実はもっとたくさん聞きたかった(笑)。
その日、仲代さんには“見て頂かなくても構わない、先生の本棚に並んでいるだけも光栄です”と伝えながら僕の作品である『奇談』のDVDをお渡ししました。あの日のことは今も忘れません。
そういえば、『カメラを止めるな!』の撮影チームもシッチェス・カタロニア国際映画祭と富川(プチョン)国際ファンタスティック映画祭でお会いしました。シッチェスでは僕の後ろの方に座っていましたね。すごく人気でしたよ」
――最近、K-POP業界などでは“日韓コラボ”が活発ですが、ホラー映画でもそういうコラボ作業が可能だと思いますか?
「実は僕、2013年に溝口健二監督の『雨月物語』をリメイクしたいなと思ったことがあります。ちょうど映画公開60周年の年だったし、あまりにも偉大な監督ですので、尊敬の意味を込めて韓国を舞台に妖鬼の美学を表現すると、どうだろうかと。
そういうふうに、日本はホラーやファンタジーなどのジャンル文学や漫画が発展しています。実際に僕たちも映画の原作を探すときは、日本の作品をたくさん検討します。
なので、日本と韓国のコラボもあり得るのではないでしょうか。力を合わせて作った“東洋の恐怖”でアメリカ市場の門を叩いてみるのもいいかもしれないとたりします」(了)
(文=慎 武宏)
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